血管は単に血液を送る管ではなく、さまざまな機能をもった臓器で、その機能の1つがNO(エヌオー;一酸化窒素)の産生である。NOが身体の中で非常に重要な役割を果たしていることが分かったのは約20年前で、その発見と生理機能の解明に貢献した3人の研究者はノーベル医学生理学賞を受賞している。
NOは血管をしなやかに拡張して血圧を下げる作用や動脈硬化の進展を抑制する作用の他に、学習や記憶、免疫系、そして陰茎の勃起などにも関与する多彩な機能をもっている。
しかし、加齢に伴う血管の衰えでNOの産生が減少すると、血管はますます堅くなり、さらにNOの産生が低下するという悪循環が起こる。
もうひとつ、このNOの産生と深くかかわっていると考えられているのが、男性ホルモン(テストステロン)である。
男性ホルモンには筋肉を増強する作用や精神活動を活発にする作用の他に、動脈硬化の予防や細胞の老化や癌化を防ぐ作用があることが知られている。さらに近年、男性ホルモンが減少すると、生活習慣病、脳卒中、心筋梗塞、うつ病、認知症など、さまざまな病気を発症することも分かってきた。
アンチエイジング医療において、加齢に伴うNOや男性ホルモンの減少を防ぎ、血管の老化防止を通じてメタボリックシンドロームや生活習慣病を抑えることが重要視されつつあるという。
血管の老化に伴う動脈硬化や生活習慣病には自覚症状がほとんど無いが、その兆候を知ることはできる。それがED(Erectile Dysfunction;勃起障害)である。
動脈硬化は細い血管から順に現れることが多い。そこで径が1~2mmと非常に細い陰茎動脈などに最初の障害が現れる。そのため“EDは全身の血管の健康状態を示すバロメーター”といわれている。
「EDは勃起障害を意味するだけでなく、Endothelial Dysfunctionすなわち血管内皮の障害という側面をもっています。動脈硬化を基礎にもつ高血圧や高脂血症、糖尿病といった生活習慣病やメタボリックシンドロームと合併していることが多く、これらを発見する手がかりになります。また、EDのない人と比べて、EDがあると心筋梗塞や脳卒中の発症リスクが約3倍高くなるという報告もあります」。
つまり、EDは最初に現われる生活習慣病なのである。
一般的に、男性ホルモンは加齢と共に減少することが知られている。実際、米国の調査では、50歳代の10%、60歳以上の30%は、男性ホルモンが減少していた。ところが、堀江教授が都内のビジネスマンを対象に調査したところ、驚くことに40~50歳代の男性ホルモンは、60歳代より減少していたのである。
「この結果は、都心で働く40~50歳代のビジネスマンは仕事量が非常に多く、緊張度が高く、常に交感神経系が高ぶっていることを現していると思います。男性ホルモンは、こうした神経系のストレスによって減少するからです。そこで、健康なビジネスマン約130人(平均年齢40歳)を対象に、EDと男性ホルモンについて調べたところ、約45%がEDで、重症のEDでは男性ホルモンが非常に少なくなっていることが分かりました。つまり、ED症状は男性ホルモンの減少に関連があるのです」。40歳代以上のビジネスマンの血管はかなりリスクの高い状態であることは、45%がEDというデータが示しているという。
EDを“全く勃起しない状態”と誤解している人も多いが、実は“十分な勃起が起こらない”、あるいは“勃起が持続しない”ために満足なセックスが行えないことを意味している。しかし現実には、セックスに支障があっても“疲れているから”、“ストレスが溜まっているから”と考えて、自分がEDだと気づかない人は多い。
この点について、「EDの原因の約87%は器質性、つまり血管の老化によるNOの減少や、加齢や仕事のストレスで男性ホルモンが減少したためと思われます。したがって、“時々勃起しない人”も老化が始まっていると考えて、生活習慣を見直し、適切な治療を受けることが、心筋梗塞などの重篤な疾患を予防することになります」と指摘する。
勃起は性的刺激によってNOが分泌されることが引き金となる。NOによって血管を拡張する物質が産生されるとペニスに血液が流入して勃起が起こる。このプロセスを改善するのがED治療薬(PDE5阻害薬)である。
現在、ED治療は専門の病院だけでなく、一般のクリニックでも相談することができる。
血管の老化の兆候であるEDを自覚したら、積極的に治療を受けることが大切だ。
老化は誰にでも訪れる。しかし、その老化のスピードを緩め、老化によるさまざまな病気を予防することは不可能ではない。ED治療をきっかけとしてアンチエイジング医療に関心をもつ男性は多いだろう。現在のアンチエイジング医療では、加齢や仕事のストレスで減少したNOや男性ホルモンを増やすことまでが可能になっているのだから。