『三環系・四環系抗うつ薬の現状と役割』

2007年の時点でSSRI、SNRI、三環系、四環系を再考した論文。

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臨床精神薬理 10 : 1843-1852 2007
『三環系・四環系抗うつ薬の現状と役割』 橘クリニック (神奈川県)

はじめに

 SSRI ならびに SNRI の使用はうつ病治療アルゴリズムの浸透とともに、著しい増加を示しているといわれている。
 一方、日本では軽症・中等症うつ病のアルゴリズムガイドラインの上で、ファーストラインに記載されなかった三環系・四環系抗うつ薬あるいは、sulpiride が未だに根強く処方されているという情報もあり、現実はどのような状況になっているのか今回調査した。
 実際の診療場面では軽症うつといっても SSRI や SNRI だけではうつ病の治療には不十分であるという印象を受けることが多く、新規抗うつ薬の投与量を増やしただけでは改善せず、三環系抗うつ薬あるいは他の治療法が必要になる場合が多いと思われる。
 アルゴリズムに則した薬物治療とは言え、あまりに不都合である。
 このような不都合はなぜ起こってきたのであろうか。
 1つの理由として SSRI や SNRI が本質的にうつ病の治療には力量不足なのではないかという疑問は当然である。
 2つ目の理由として診断分類に根本的な原因があるのではないかとの印象が拭いきれない。
 SSRI による深刻な副作用や治療上の問題点が顕在化しつつある今、現在のアルゴリズムそのものを見直す時期に来ていると思われる。

Ⅰ. 現状における抗うつ薬の使われ方・使い方

1. 処方の状況について

 最近の抗うつ薬の市場について、過去4年間 (2002年 – 2006年) の抗うつ薬の売り上げ金額と、売り上げ錠数を調べてみた。
 抗うつ薬市場において、新規型と従来型では、売り上げ実績は、ほぼ 9 : 1 であるが、売り上げ錠数では、5.5 : 4.5 の比率をなしていた。
 この売り上げ金額の差は何に由来するのか。
 これは新規抗うつ薬の高薬価と、うつ病・うつ病性障害と診断される新たな患者の爆発的な増加にあることは明らかである。
 また処方錠数については、従来薬の処方は減少しているわけではなく、むしろ増加している現実がある。
  [ 2002年 692百万錠 ⇒ 2004年 722百万錠 ⇒ 2006年 748百万錠]
 この実情を見ると、少なくとも日本においては従来型抗うつ薬の使用は根強く、多くの精神科医の従来型抗うつ薬に対する信頼感は高いと思われる。

 日本精神科診療所協会が行った全国規模のアンケート調査を示す (平成 17年度会員基礎調査報告書) 。
 – 回答者平均年齢 56.6歳、平均開院年数 13.2年、医師としての平均経験年数 19.8年 —

 よく使う薬の第一選択薬群は、paroxetine 、fluvoxamine 、sulpiride 、milnacipran 、amoxapine 、imipramine の順であり、新規抗うつ薬 (特に SSRI) の使用頻度は高いが、一方、第一選択薬群の中に sulpiride や amoxapine が上位に入るというのは、日常の臨床実感に近いデータである。
 第一選択薬群から第三選択薬群までの合計範囲においては、fluvoxamine 、paroxetine 、milnacipran 、amoxapine 、sulpiride 、amitriptyline 、clomipramine 、maprotiline という順であり、新規抗うつ薬の使用頻度は高いものの、予想以上に診療所レベルでは従来薬がしようされている事実を示している。
 これは各診療所の医師が患者の症状により、柔軟に対応している状況をよく示していると思われる。

2. 精神科クリニックと大学の外来を比較して

 ここで抗うつ薬の大学レベルの処方調査を見ると、新規抗うつ薬の圧倒的なシェアと、従来型の抗うつ薬の低い使用頻度が分かる。
(特に paroxetine の使用頻度は 35%近くを占め、新規抗うつ薬の処方率は 3種類合計で 71.6%と著しく高頻度である)
 クリニックと比べて大学病院を受診する患者の病状の違いは存在すると思うが、研修する医師に (大学レベルでは) アルゴリズム通りの投与指導が行われており、それから外れる書法を認めていないのではないかと思われるような処方である。
 加えて、メーカー宣伝コピーで 「副作用の少ない良い薬ができました」 と言い募る販売戦略の効果や、三環系抗うつ薬の副作用の誇張・強調により大学レベルの医師達は当然として、精神科クリニックの医師達ですら新規の抗うつ薬を優先して使用しているように思える。
 ここで再度明確にしたいことは、SSRI や SNRI などの新規抗うつ薬でも副作用は十分に存在することである。
 従来薬と比べて単に副作用の種類や出方が異なるだけなのである。
 たとえば自殺未遂や自殺衝動などの重大な副作用については、抗うつ薬非使用群との比較で、自殺未遂のリスクは有意に高いというデータが出ている。
 更に自殺手法が過激な点も注意すべきことではないかと思われる。
 これら地道な検証から見て 「副作用は少ない」 という表現は明らかに不適切であることを認識すべきであろう。

 更に、次々に SSRI についての注意点・問題点が国内外から指摘されているが、不思議なことに、国内でこの危険性を指摘するのは一部の医師のみであり、多くの指導的医師や研究者はこの点について少なくとも公的には触れない姿勢をとっている現状は奇妙としか言いようがない。

3. 新規抗うつ薬の限界と新たな問題点について

 効果という面では、新薬臨床試験で新規抗うつ薬 3剤の臨床治験の成績は、① fluvoxamine vs. amitriptyline 、② paroxetine vs. trazodone 、③ milncipran vs. imipramine and miansern と比較されているが、新規抗うつ薬で効果が優れていたのは ② の治験のみで、その他の抗うつ薬はいずれも従来薬と比べて効果が優れているわけではない。

 また、クリニックでは一定割合で従来型のうつ病 (メランコリー型患者) の中核群の患者が受診にくるが、SSRI などを単独投与してもなかなか好ましい結果が得られない印象がある。
 メーカーの勧めで投与量を上限まで増量したところで、SSRI の持つ奇妙で多彩な副作用が出現してしまい、せいぜい 40% ~ 50%くらいの改善率にとどまるという報告もある。
 すなわち意欲・気力が湧かず、気分の改善度は低めで不安定のまま社会復帰までには至らない。
 つまり新規抗うつ薬に対して反応性の悪い患者群が少なくとも 50%くらいの頻度で存在している。
 これを改善するには、三環系などの抗うつ薬が最初から必要であったと思わざるを得ない。
 あるいは最近発売された非定型抗精神病薬との併用を考える必要もあるだろう。

(症例呈示 : 省略)

Ⅱ 抗うつ薬の選択について

 DSM診断基準あるいは ICD-10 の診断基準は今更言うまでもないが、操作的なものである。
 これについて笠原が述べているものを引用しよう。

 「初心者に使いやゆす
いし、世界のどこでも通用する利点は大きいものの、診断のラベル貼りで終わることに終始しているようなもの足りなさを感じる部不文もある。特に気分障害のように中長期の治療・予後を考える可能性の生じた対象については、多少仮説的になっても、もう少し原因論に踏み込んでも、また経過の予測が大胆すぎても、別種の診断学があってもよい」

 現在の治療を難しくしているもう1つの要因は診断の中味の問題である。
 診断基準が患者の述べる表面的な症状に限定されていることである。
 患者の雰囲気を感知して、語る口調を読む、あるいは現症を深く洞察するという部分に全く触れられていないことである。
 更には背景や原因についての考察を踏まえた上での総合的な診断とは言えないと思われる。
 要するに精神科医が持つ独特の感性の部分を外しており、あくまでも統計学的な基準に偏倚したものであることが、診療上厄介な問題をはらんでいる原因であると思われる。
 この診断基準に準拠した治療アルゴリズムはいかにも浅薄であり、症状の数合わせのような診断基準であるから、非定型例も 「うつ」 の中に紛れ込んでしまったと感じてしまう。
 これでは治療も難しくなるはずである。
 誰でもできるうつ病診断・うつ病治療は本質的には存在しないし、操作的診断・アルゴリズムが浸透すればするほど臨床能力の低い医師が増えていくように思えるのは筆者らの加齢現症であろうか。

 典型的な狭い意味の 「うつ」 (例えばメランコリー型うつ – 不安焦燥期から始まり抑制症状が残るタイプ) の治療であれば、従来型抗うつ薬と支持的精神療法による治療で対応が可能であり、ほぼそれで妥当であろう。
 非定型の 「うつ」 にはおよそ薬は何をしようしても十分な効果は期待しにくいという印象がある。
 むしろ SSRI や SNRI という薬は非定型の 「うつ」 に対して多少の効果が期待される程度のものではなかろうか。
 現実は 「うつ」 と言われる患者でも実態は他の疾患の初期症状の場合もある。
 微妙な病状の把握についてはマニュアルには書かれていない。
 ここが正に精神科医の経験や感性から診断を下す部分であろう。
 機械的なマニュアル – アルゴリズム治療に頼るしかない医師にとっては治療が困難な時代になってきていると思われる。
 今、必要とされているのは科学的な根拠を持ちながら、五感を働かせて、冷静な診断を下すことのできる精神科医ではないか。
 プロの精神科医たるものは経験を積むごとに常にマニュアルに対する疑問や違和感を自覚して治療に望みたいと思われる。

 アメリカの精神医学界の中に、うつ病治療のアルゴリズムはこのままで良いのかという疑問の声が挙がっている。
 この中で語られていることは、アルゴリズムの完成度をもっと上げるべきであり、より科学的で正確な根拠を求めて現実的 (real-world prctice) なアルゴリズムに変えていく必要があるという議論である。
 その中で、最初から単剤投与にする意味があるのか、あるいは初期治療を SSRI などに限定するのは臨床的に適切なのかという疑問が呈されている。
 彼らの中でも解答はまだ出ていないが、その議論を見て感じることは、常に EBM をより現実に近いものに作り替えてゆく努力の積み重ねが必要であり、現状とズレが少しでも生じた場合には更なる検証と改善を行うべきであるという強い信念である。

2. 薬剤の選択の問題について

 現状の一元的なうつ病アルゴリズム通りの処方パターンが席巻している中で、対極にあるのは、症状と副作用のバランスを考えた処方の組み立てである。
 症状から抗うつ薬の選択を提唱する森信のアルゴリズムを挙げてみよう。

● 臨床症状からみた抗うつ薬の選択

・抑うつ気分・悲哀感に、不安焦燥感を伴う場合

 抗コリン作用耐性 (+)
   ⇒ clomipramine 点滴 、あるいは amitriptyline ( or amoxapine) と trazodone の併用

 抗コリン作用耐性 (-)
   ⇒ paroxetine と trazodone ( or 抗不安薬) の併用、あるいは mianserin

・ 抑うつ気分・悲哀感に、不安焦燥感を伴わない場合

 抗コリン作用耐性 (+)
   ⇒ clomipramine 、あるいは amoxapine

 抗コリン作用耐性 (-)
   ⇒ paroxetine 、あるいは fluvoxamnine 、あるいは sertraline

・ 精神運動抑制に、不安・抑うつを伴う場合

 抗コリン作用耐性 (+)
   ⇒ amoxapine 、あるいは clomipramine

 抗コリン作用耐性 (-)
   ⇒ milnacipran と 抗不安薬 との併用

・ 精神運動抑制に、不安・抑うつ気分を伴わない場合

 抗コリン作用耐性 (+)
   ⇒ nortriptyline 、あるいは amoxapine

 抗コリン作用耐性 (-)
   ⇒ milnaciplan

 – 臨床精神医学2006年増刊号 341-346 —

 この中でうまく副作用を避けながら、更に症状をよく見極めて三環系、四環系、あるいは SSRI や SNRI の区別なく適切に使う、実際の臨床場面での処方組み立てに近いものがあると思われる。
 臨床医にとって三環系、四環系の抗うつ薬あるいは SSRI や SNRI という区別は不要であり、症状と副作用のバランスを計った治療戦略を考えるのは当然のことであろう。

 三環系や四環系の抗うつ薬と SSRI や SNRI は異なったスペクトラムを持っており、それぞれの長所を生かす処方を組み立てる時期ではないかと考える。
 初診の患者に処方する場合、何に最も注意して処方を組み立てるのか、概略を述べれば SSRI を躊躇する理由は投与初期の嘔気や胃のもたれ感である。また初期にその副作用を訴えない患者も、4週目や 5週目になって初めて 「常に胃がもたれているようで、どうも気持ちが悪い」 「なんとくなく吐き気がある」 という人もいる。
 副作用頻度報告を見ると胃腸障害の頻度はせいぜい 7-14%くらいとそれほど高くない。
 胃薬を同時に処方してしまえば消えてしまうという意見もあるが、消えてしまう人とそうでない人と大体半々くらいの印象がある。
 胃腸障害が消えないで苦しいと述べる人は結局 SSRI は中止するのだが、この減量の仕方に工夫が必要で、これも使用上厄介なポイントと考えてよいと思われる。

 次も著者らの臨床的印象であるが、従来の三環系抗うつ薬と SSRI などの新規抗うつ薬の効き方を比べてみると、三環系の方が効果発現が早く自然な治り方と感じるのに比べて、SSRI などの新規抗うつ薬は効果発現が遅く、ようやく効いてきてもどこか無理やり背中を押されて突き動かされているような不安定な回復をする印象があり、SSRI は不自然な効き方ではないかと感じるところがある。

(症例提示 : 省略)

 1997年に報告された162
編の RCT の meta-analysis では、副作用発現率は三環系抗うつ薬と SSRI とは差が無く、種類が異なっていただけであり、また治験からの脱落率も有意差を認めていない。
 更に SSRI は副作用は服薬早期のみの問題とされ長期的な忍容性は高いと言われているものの、EBM に乏しく相互作用の問題などを考慮すると SSRI が副作用の面で特に優れていると言えないのが現状である。

 上述のように、「副作用の少ない良い薬が出てきた」 という宣伝コピーは不適切であり、十分に副作用はある。
 一方の三環系・四環系の薬は初期に胃腸症状が出てくることは少なく、宣伝されているほど副作用は気にならない場合が多いように思われる。
 筆者らの疑問は、なぜこの時期に従来型抗うつ薬を販売しているメーカー各社は新規抗うつ薬メーカーの治療成績に対して反論しないのかという点があり、これほど一方的な市場も珍しいのではないかと考えるものである。
 商業主義の敗者は臨床上の敗者でないことを銘記したい。
 世界中の抗うつ薬治療において、ほとんどの国々は SSRI を初めとする新規抗うつ薬を主体とした治療が主流であるが、これが果たして正しい治療法なのかどうか、今後の研究の流れをしっかりと見定めたいと思う。

Ⅲ まとめ – 予想される今後のうつ病薬物療法の展開について

 おそらく今後数年以内に、アルゴリズムに示された薬物治療法は見直しが必至と思われる。

 1つ目の理由は、SSRI と従来型の三環系とは副作用の種類は異なるものの、起こることにかわりはないということ。

 2つ目は、薬価のことについてもう少し医師は敏感になるべきではないかという点。
 特に SSRI の 3種類は異様に高いと思われる。
 近い将来、先発発売された SSRI もパテントが切れるのでその時にどうなるかは不明だが、全体として医療費抑制政策の中でうつ病治療費のみ突出した伸び率などは容認されないであろう。
 SSRI は最近、精神科医外の診療科でもよく使われており、一種の社会現象といってもよいくらいの流行である。
 これはいかにも目立ち過ぎの感は否めない。

 3つ目として、根本的なことではあるが、そもそもなぜ画一的な単剤スタートなのか。単剤投与もよいが、もうそろそろ現実に似合った見直しをしてもよい時期ではないのか。
 多剤は副作用が出やすいとか、どの薬が効いているのか分からないとか、あるいは訴訟で不利になるという話もあるが、十分検討しながらの投与であれば、過度にそれを恐れる必要はないであろう。
 augmentation として多剤になってしまうケースもありうる。
 結果として多剤になるのと、最初から意図してそうするのは本質的に違うという声もあると思うが、型にはまらぬフランクな姿勢で治療に取り組んでみて、結果として多剤になってしまったら、これは仕方ないと思われる。

 4つ目は、このまま現在のアルゴリズムを浸透させてしまうと、効果の期待できる三環系抗うつ薬を放棄して、使用利用が不明確な新規抗うつ薬を第一選択にすることになり、そのような指導を受けている若い精神科医の臨床能力を著しく削いでしまう結果を引き起こすのではないか。
 確実な効果の期待できる三環系などの従来薬を見直すべきであり、はじめから固定的に考えない姿勢が求められると思われる。
 我々が抗うつ薬としての SSRI という薬を使用した経験から唯一学んだことは、単一のレセプターしか影響しないといわれる薬ほど薬効の乏しい抗うつ薬はないということではなかろうか。
 精神科医同士の雑談の中でしばしば冗談のように語られているが、各医師が頭の中で症状をターゲットにしてレセプターをイメージしながらカクテルを作るような処方がお勧めかもしれない。

 5つ目として、現在のアルゴリズムの中に、うつ病の軽症、中等症という分類を作ったことが原因の 1つであり、医療機関を受診してくるような 「うつ」患者を診たら、すべて重症のアルゴリズムを念頭に置いて対応することにより、いままで述べた問題のいくつかは解決できるのではないかと思われる。
 これは医療の常道として極めて常識的な結論に立ち返ることであり、臨床医としての基本的な心構えではないかというのが筆者らの提言である。

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大切な警鐘である。
森信のアルゴリズムにはわたしは部分的にしか賛成しない。

もっと深い診断が本質的に重要なことには賛成。
精神科の薬の効き方には精神療法との関連が重大であり、そのことについて、今後論じて欲しい。