ピック病

発信箱:サザンビーチ=磯崎由美(生活報道センター)

 目の前に浮かぶ烏帽子(えぼし)岩。遠くには江の島。神奈川県の茅ケ崎海水浴場は海辺の恋を歌うサザンオールスターズにちなみ「サザンビーチちがさき」と名付けられている。

 9年前ネーミングにかかわったのが、当時茅ケ崎市商工観光課の職員だった中村成信(しげのぶ)さん(58)。年々利用者が減るビーチに活気を取り戻す地域活性化の一環だった。

 その中村さんが06年2月、市に懲戒免職処分を受けた。スーパーでバレンタインデー用のチョコを万引きして逮捕されたのが理由だ。でも中村さんには犯行の記憶がない。専門医の診察を受け、ピック病と診断された。

 ピック病は前頭葉や側頭葉が萎縮(いしゅく)する認知症で、アルツハイマー病に比べ発症年齢が低い。万引きなど軽犯罪を起こすのも症状の一つだが、社会の理解はまだ乏しい。

 万引き事件は起訴猶予となったが、市は事件後わずか16日で処分を決めた。退職金はゼロ。妻は夫の介護で働きに出ることもできない。

 中村さんは市の公平委員会に懲戒免職処分の撤回を申し立てた。市側が「病気ではなく処分は正当」と反論し審査が続く中、同僚や労組が中心となり「支える会」を結成。名誉回復と病気への理解を広げる活動が始まった。

 若年認知症は働き盛りを突然襲う。仕事に誇りを持って何十年と働いてきて、理不尽な退職に追い込まれたのは中村さんだけではない。

 サザンビーチには活気が戻り、今年のゴールデンウイークも恋人たちやサーファーでにぎわう。中村さんはあの時市長から受けた表彰状を今も大切にしている。

毎日新聞 2008年4月30日 0時04分