診察室の中では見え難い部分

大切な指摘と思うので、収録。一部修正。

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私の診療スタイルを変えたA氏

現在29歳のA氏は、人なつこくて気配りの細やかな好青年である。大学在学中に「同級生等が自分のことを知っていて噂している」といった自己漏洩、関係妄想があらわれ発症した。ハロペリドールが奏効し、短期間で関係妄想などの症状は消退した。

■診察室の中では見え難い部分
しかし大学を卒業して以降、一向に仕事が長続きしない。「上司に恵まれない、同僚との相性が悪い、仕事がきつい」など、退職のたびにそれなりの理由はあった。私も「運が悪かったのだろう」くらいに考えていた。
ところが彼の何回目かの失職中、私の知人がやっている経理事務所のアルバイトを紹介すると、10日後にその知人から苦情がきた。「まるで駄目だ」と言う。指示したことが全然呑み込めない、何度も同じことを聞いてくる、とんでもない事務処理をしてしまう、とにかくミスが多い、仕事が遅い……散々な評価であった。実直で心根の優しい知人の報告は、誇張とも思えない。
私は初診以来6年間彼を診ていながら、彼の作業能力についてまるで把握していなかったのである。
統合失調症による生活障害は、診察室の中だけでは見え難い部分がある。A氏に生活障害があることはわかっていたつもりだったが、その程度は私の予想を遥かに超えていた。

■診療スタイルが変わった
A氏のことがあって以来、私の診療スタイルは少し変わった。生活場面の様子をできるだけ聴取するように努めている。また、診療だけでは見えない部分を補うのに、心理検査が「意外に役立つ」ことにも気付いた。
診療スタイルをわずかに変えただけだが、それがもたらした効果は、私にはとても大きかった。これまで見えていなかったことが、たくさん見えてきたように感じている。その多くは、近年「認知行動障害」として捉えられていることである。

(羽藤邦利)