Softbipolar disorder

臨床精神医学35(10):1407-1411,2006
Softbipolar disorder(軽微双極性障害)概念について
阿部隆明


1.はじめに
1950年代にLeonhardによって提唱された躁うつ病における単極性障害と双極性障害の2分類は,その後の臨床研究や生物学的な研究,経過研究によって支持され,現代の操作的診断基準であるICD-10やDSM-IVにも反映されている。ところが,同じ単極性障害の中でも,後に双極性障害へ移行したり,抗うつ薬によって躁転やラピッドサイクラー化を呈したりする症例が散見されるようになった。そのため,こうしたケースの位置づけをめぐって,単極一双極分類の見直しが迫られる中で,Akiskalによって,双極性障害の枠が拡大された。すなわち,従来の典型的な躁うつ病である躁病相のはっきりした双極I型障害とは別に,軽微ながらも躁的な要素を持ち,双極性障害として治療し経過を観察した方が有益な一群がSoftbipolar disorderと命名されたのである。双極性障害全体を指すBipolar Spectrum(双極スペクトラム)ということばの方は,本邦でも何度か紹介され,精神医学の用語として定着してきたが,Soft bipolarの方はまだ正式な訳語もなく原語のままで用いられている。ここでは,Soft bipolarに対し軽微双極型,Soft bipolar disorderに対し軽微双極性障害という訳語を当て,その内容を紹介する。


2.軽微双極性障害とは
軽微双極性障害とは,気質面の軽うつから大うつ病エピソードにまで至る「うつ」と,同一エピソード中にないし独立して,「軽微な躁」が存在する気分障害である。軽微な躁といっても明らかな軽躁病エピソード,準症候群性(軽躁病エピソードを満たさないレペル)の軽躁,気質面の軽躁成分と濃淡の差がある。また,軽微双極性障害は,大うつ病エピソードとの合併の有無により,双極○型と表記される挿話性障害と,持続的な状態である感情病気質(affective temperament)(表)とに大きく分けられる。
DSM-IVの診断基準による軽躁病エピソードは,症状の項目そのものは躁病エピソードと原則的に変わりないが,持続が4日以上で社会的機能を損なわず入院が必要でないものとされる。しかし,Akiskalは,実際には1~3日の持続で終わるケースが比較的多いことを示して,


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表 感情病気質(Affective Temperament)
A)発揚気質(Hyperthymic Temperamgnt)
・特定できないが早期の発症(21歳未満)
・軽躁病エピソードの基準を満たさない間歇性の軽躁病の特徴があり,正常な気分が介在することは稀
・習慣的に睡眠時間が短い(1日6時間未満,週末を含めて)
・否認を過度に用いる(exeessive use of denial)
・シュナイダーの発揚者の特徴
1.過敏性,陽気,過度に楽観的,元気一杯
2.天真爛漫,過度の自信,自己確信,自慢げな,大げさな,誇大的な
3.精力的,計画に富む,先を考えない,猪突猛進
4.非常に多弁
5.温かい,対人接触を好む,あるいは外向的
6.過干渉,お節介
7.抑制を欠いた,刺激を求める,気まぐれ


B)抑うつ気質(Depressive Temperament)(当初は準感情病性気分変調気質(Subaffedve Dysthymic Tempenment)。
気分変調気質(Dysthymic Temperament)とも記述される)
・早期発症(21歳未満)
・間歇的な軽度の抑うつで,非感情病性疾患から二次的に生じたものではない
・習慣的な過眠傾向(1日9時間以上)
・考え込む傾向,無快楽,精神運動不活発(すべて午前中が悪い)
・シュナイダーの抑うつ者の特徴:
1.陰うつ,悲観的,ユーモアに欠ける,喜べない
2.物静か,受動的,優柔不断
3.懐疑的,過度に批判的,不満が多い
4.考え込む,くよくよしやすい
5.良心的ないし自制的
6.自己批判,自己非難,自己卑下
7.不適切だったこと,失敗,否定的な出来事にとらわれ,自らの失敗を病的に楽しむまでに至る


C)刺激性気質(lrritable Temperament)
・特定できないが早期の発症(21歳未満)
・習慣的に不機嫌一過敏で怒りっぽい一正常な気分はまれ
・考え込む傾向
・過度に批判的,不満が多い
・不機嫌に冗談をいう
・でしゃばり
・不快気分を伴ういらいら
・衝動的
・反社会畦人格,残遺性の注意欠陥障害,けいれん性障害の基準を満たさない


D)気分循環性気質(Cyclothymie Temperament)
・特定できないが早期の発症(21歳未満)
・間歇的な短い周期,正常な気分は稀
・2相性の状態で,一相から他相へと突然転換する特徴があり,主観的にも行動からもわかる
・主観的症状
1.無気力と,正常な気力が交代する
2.悲観や考え過ぎと,楽観や心配のない態度が交代する
3.精神的な混乱と,活発で生産的な思考が交代する
4.自信喪失と誇大的な自信過剰が交代して,自己評価が動揺する
・行動面の症状(診断的により重要)
1.過眠と睡眠欲求の減少が交代する
2.内向的な自己陶酔と,抑制を欠いた対人接触が交代する
3.言語表出の減少と,多弁が交代する
4.理由が説明できない悲しさと,過度の冗談やおどけが交代する
労働時間が一定ではないため,生産性の量や質において,明らかにむらがある。
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DSM-IVの厳密な診断基準では非常に多くの潜在的な双極型が取り逃がされてしまう可能性があると警告し,軽躁病エピソードまで至らない軽躁を積極的に評価する必要性を強調している。他方,感情病気質における気質面の軽躁成分については,むしろ患者の普段の人格や生き方と一体化しており,本人もこの点で違和感を抱くことは少ない。ただ,この軽躁成分は,気分の不安定性の一因となり,ひいては後の躁病相やうつ病相発現の基礎となるということで,軽微双極性障害に組み入れられる。ちなみに,一見軽躁的な成分が見いだせない抑うつ気質(気分変調気質)も軽微双極型に含まれている理由については後述する。


3.軽微な躁を伴う挿話性障害


1.双極Ⅱ型(depression with hypomania:軽躁病を伴ううつ病)
経過上,中等度から重度の大うつ病と少なくとも4日間持続し機能障害を認めない軽躁病の時期を持つ類型。軽躁状態においては,高揚した気分,自信,楽観主義に彩られた行動が示されるものの,躁病に比較して判断は相対的に保たれている。しかしながら循環的な経過のため,顕著な機能不全を示すことや,深刻な自殺企図さえ引き起こすこともあり得る。他方,循環的な気分の変化によって,正常から過剰に正常ともいえる時期も出現し,多くの患者は,困難な時期から反転して,新たな婚姻関係や職業上の地位を得ることが可能である。この場合は,しばしば「明るい(sunny)」双極II型とみなされる。


2.双極Ⅱ1/2(cyclothymicdepressions:気分循環気質のうつ病)
Akiskalのcyclothymiaは,むしろDSMIVのcyclothymic disorderに近く,KretschmerのZyklothymie(循環気質)とは異なる。軽うつと軽躁の躁り返しに加えて,身体レベルでの生理学的な変動を基礎にした気質である。したがってここでは,気分循環気質と訳しておく。この気質を背景に大うつ病エピソードが生じた場合を双極ⅡI/2型という。こうしたケースでは,双極性障害が見落とされて,気分循環気質の生活史上の不安定性から,境界性人格障害などⅡ軸の人格障害と診断される可能性がある。家系にも双極性障害に属する人が多い。軽躁の持続は3日以内で,気質の範囲内での気分の不安定性を認めるが,全体的にはうつの方向にあり,プロトタイプである明るい双極Ⅱ型の「より暗い(darker)」表現型として特徴づけられる。


3.双極Ⅲ型(Antidepressant,associated hypomania:抗うつ治療に関連した軽躁)
抗うつ薬の投与や身体治療によってのみ躁転するうつ病の類型をいう。こうした症例は,抑うつ気質ないし,DSM-IVに従えば,早期発症の気分変調症をベースに持っており,しかも家族歴に双極性障害を認めることが多い。双極Ⅱ型の遺伝子型の比較的弱い浸透性を持つタイプと考えられている。ちなみに,自生的な軽躁病や躁病を既往に持つケースでも抗うつ薬で躁転することがあるが,この過程は気分循環気質によって媒介されており,軽躁の発現は不思議ではない。この場合は,双極I型ないしⅡ型に組み入れられる。


4.双極Ⅲ1/2型(Bipolarity masked-and unmasked-by stimulant abuse:物質乱用によって隠蔽されーまた顕在化するー双極性障害)
物質乱用やアルコール使用によって躁転するうつ病。このタイプは,操作的診断基準では物質誘発性ないし物質離脱性気分障害と診断されるが,気分安定薬の恩恵を受ける可能性があるために,双極性障害に組み入れられている。


5.双極Ⅳ型(Hyperthymic depression:発揚気質のうつ病)
発揚気質者が人生の後半期(典型的には50代)になって臨床的なうつ病を呈する類型。発揚性格の諸特徴は挿話的に現れるものではな<,長期にわたって機能しているものである。患者は生涯にわたり野心的でエネルギッシュ,自信家で外向的な対人関係能力があるために出世し実業界や政界で成功を収める。発揚気質者がうつ病に陥ったときは,最初のエピソードはたいてい過眠一制止型である。抗うつ薬の使用は基底にある発揚気質に作用し病像を不安定化させることもある。場合によって,この気質の諸要素がうつ病の中で,性的欲求の増大や競い合う思考となって現れるために,混合状態が生じ遷延することがある。



いずれの経過型においても,軽微な躁をいかに把握するかが重要であるが,往々にして,この状態は本人にとって,違和感がないどころか理想的な状態と思われている節もある。したがって,過去の軽躁の評価は非常に困難な面もある。しかしながら,軽微な躁の既往や双極性障害の家族歴が確認されれば,双極性障害が積極的に疑われるので,その正しい診断のためには,綿密な問診や家族からの詳しい病歴聴取が必須となる。


4.感情病性気質
感情病気質については,半構造化面接の項目や自己記入式質問紙が作成され,日本語版も発表されているが,最初に提唱された時点の基準がわかりやすいので,これを掲げておいた。なお,当初,準感情病性気分変調気質(subaffective dysthymic temperament)として記載された類型は,現在では単に抑うつ気質(depressive temperament)ないし気分変調気質と表現されることが多いので,こちらの表記を優先した。ここにあげた発揚気質
(hyperthymic temperament),抑うつ気質,刺激性気質(irritable temperament),気分循環気質は,それぞれ,躁病,うつ病,混合状態,躁うつ転換を習慣的な気質のレペルまで薄めたものといってよいが,Kraepelinの躁うつ病(manisch-depressives lrresein)の下位項目である基本状態(Grtmdzustiinde)に含まれる躁性素質(manischeVeranlagung),抑うつ性素質(depressiveVeranlagung),刺激性素質(reizbareVeranlagung),気分循環性素質(zyklothymischeWranlagung)に対応している。AkiskalはKraepelinの構想を受け継いで,これらの類型を,より重い障害の前段階であると同時に,人格素質の領域へと切れ目なく移行するものとみなしたのである。ちなみに,発揚気質と抑うつ気質では,それぞれ,Schneiderの発揚者,抑うつ者の特徴が記載されているが,Schneider自身はKfaepelinと異なり,こうした性格の躁うつ病(彼の用語では循環病(Zyklothymie))への移行は認めていなかったことに注意してほしい。
他方,Akiskalは,特に発揚気質や抑うつ気質において,性格的な側面のみならず,躁病やうつ病と共通する睡眠時間の特徴といった生理学的な側面にも着目している。興味深いことに,抑うつ気質は,習慣的な過眠傾向が指摘されており,この点ではいわゆるメランコリー型の臨床像よりは一部の双極性障害のうつ病相と共通する。この類型は一見,躁病との接点を見いだし難いが,抗うつ薬によって躁転する可能性を内包しており,実際に軽躁病エピソードを呈した場合は,上述のように双極Ⅲ型に組み入れられる。いずれにしても,最も躁転しにくい気質であることには間違いない。ただその一方で,双極性障害の後期経過であたかもエネルギーポテンシャルが低下したような気分変調気質と同様の状態が持続する経過もあることを考えると,ある意味で双極性障害の最も基底にある状態像といえるのかもしれない。


5.おわりに
Akiskalは,さらに双極V型VI型と双極スペクトラムの拡大を模索しているようである。明らかな軽躁は伴わないものの,周期性ないし突然の発症・寛解を示す非定型うつ病や季節性うつ病,挿話的な強迫症状,周期性の刺激状態,明白な感情病症状を欠いた発作的自殺企図,挿話的な神経衰弱的愁訴,挿話的な不眠の愁訴,重度の短期再発性うつ病などが候補にあがっている。いずれも周期性や突然の発症と終結といった自生的なリズム性が重視されている。気分障害の長期経過におけるうつ病から躁病への極性シフトや,双極性障害に移行した場合の高い再発性を念頭に置くと,躁への傾性を持ったうつ病を早めに発見し双極性障害として,早期治療することは患者の予後に大きな影響を与えることになるため,軽微双極型の概念は積極的な治療的意義を持つ。ただ,その一方で,遺伝・気質論,症状論に傾くあまり,発病状況と個人の人格構造との内的な関連についての踏み込みが足りないように思える。これを検討することによって,薬物療法のみならず,精神療法や環境調整への視点も含みこむことが今後の課題であろう。