高機能自閉症の何をどう治療するのか

まずもう一度、高機能自閉症のイメージをまとめる。

【高機能自閉症における具体例】
含みのある言葉の本当の意味が分からず、表面的に言葉通りに受けとめてしまうことがある。
会話の仕方が形式的であり、抑揚なく話したり、間合いが取れなかったりすることがある。

たとえば、私の知っている例でいえば、「カウンセラーに、父親とキャッチボールをしなかったから、病気になったといわれている。僕はキャッチボールをしなかった」という人。カウンセラーは、言葉のキャッチボールとか、こころのキャッチボールとかの説明をしたはずで、実際に野球のボールを、グローブに投げなかったことが病気の原因になったはずはない。
この人は知能が低いのかといえばそうではなくて、某有名大学のゴルフ部だった。
「大学のゴルフ部で、タイガー・ウッズみたいな才能のある人っているのかな?」と聞くと、むっとした様子で、とてもプライドを傷つけられたようなしぐさをして、「わかってませんね、全然、タイガーはもう全然違うんです……」と話し始める。落第もしないで、進級して卒業、父の後をついで社長になる予定で修行しているのではないかと思う。

○ 興味や関心が狭く特定のものにこだわること
強いこだわりがあり、限定された興味だけに熱中する。
特定の習慣や手順にかたくなにこだわる。
反復的な変わった行動(例えば、手や指をぱたぱたさせるなど)をする。
物の一部に持続して熱中する。

これは診察室でも良く見られるし、特徴的なので印象に残る。

【高機能自閉症における具体例】
みんなから、「○○博士」「○○教授」と思われている。(例:カレンダー博士)
他の子どもは興味がないようなことに興味があり、「自分だけの知識世界」を持っている。
空想の世界(ファンタジー)に遊ぶことがあり、現実との切り替えが難しい場合がある。
特定の分野の知識を蓄えているが、丸暗記であり、意味をきちんとは理解していない。
とても得意なことがある一方で、極端に苦手なものがある。
ある行動や考えに強くこだわることによって、簡単な日常の活動ができなくなることがある。
自分なりの独特な日課や手順があり、変更や変化を嫌がる。

なんでもそつなくこなす秀才ではない。
偏った分野のとんでもない天才の印象を受ける。
しかし困ったことに、現代では、コンピュータを叩けば、その程度の知識は検索できてしまい、
実際的な価値は低くなっている。

○ その他の高機能自閉症における特徴
常識的な判断が難しいことがある。
動作やジェスチャーがぎこちない。

常識がないことはしばしばで、目の前にいる人間が何を感じているかに、まったく気付かない。

3. 社会生活や学校生活に不適応が認められること。

当然不適応になるはずで、その適応の悪さを聞いていると、一見、いじめにあっているのか、
知能が低いのか、何かあるのかと思ってしまう。しかし知能は高く、周囲は意地悪をしているわけではなく、ただ、本人が、常識に欠け、特に他人の気持ちを推定することができない。

他人の気持ちが分からないのは当然といえば当然である。
人間は、自分の内側の心をモニターして、こんなときはこんな感情が生まれるのだと観察している。
それを他人の心を推定するときに思い出して、応用している。
ところが、そのモニターしている自分の心があまりにも世間一般とずれているので、
それを適用しても、うまく推定できないことが分かる。
すると、手がかりを失い、特定の習慣や手順にかたくなにこだわることになる。
自分の得意なことだけはやるけれども、そのほかについては、
自分がやってもうまく行かないし、うまく行かない理由も分からないというのが実際だろう。
それは心のモデルが壊れているからだ。

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このように観察してくると、
治療に当たっては、SSTのように、「良肢位での固定」といったものも考えたい。
世間を渡るための最低限の防波堤である。
柔軟な対処は無理。
むしろ、硬直した対処を通してもいい環境を作ること。
その環境からはみ出ないようにして、
半ば習慣に「こだわり」つつ生きていけるようにすること。
その方がいい。

労働力としては、ときに抜群の力を発揮するので、
環境を整えてあげることが大事。
職場で誰かに嫌われて、低次元のいじめを受けたりすると、極端に弱い。
有用性を知り、才能を理解してくれる人にめぐり合うことが大切である。

さて、そのようにして、定職までは一応たどり着くことができる。
しかし、家庭生活を築くとなると、配偶者選択が問題である。
上手にお付き合いして、幸せになれるようなお相手を見つけられるかどうか、
それはなかなかの難問題になる。

しかしまた、そこだけを工夫すれば、あとは安定した職場で、安定して仕事ができるタイプの人たちなので、
ひと安心である。
ご両親とご兄弟の力を借りたいところだ。