統合失調症における薬物療法~薬剤師の立場から~

統合失調症における薬物療法
~薬剤師の立場から~
医療情報公開・開示の動きは精神科領域にも大きく波及しつつあり、薬剤情報などもインターネットから添付文書が自在にダウンロードできる。こうした流れを背景として統合失調症における薬物療法も、かつての「管理」から、患者本人の自覚を待つことにより治療効果を上げる「共同作業」へと移り変わってきている。患者・家族に治療への参加を促すことで、コンプライアンスの維持につながるという。患者・家族、医師の間で、その変遷を見てきた薬剤師・吉尾氏に詳しく聞いた。

薬剤部長 吉尾隆 桜ヶ丘記念病院(東京都)

薬剤情報の氾濫
薬に関して、薬剤師が患者さんやご家族から質問を受けることは多いです。インターネットの影響は大きいと感じています。患者さんもご家族も自分で直接検索できますので、かなり詳しい情報を入手しているのが現状でしょう。日本未発売の薬、海外での使用状況、新薬の治験がどの段階かなどもよくご存知です。「アメリカで先行発売されているアリピプラゾールは?」「日本未発売のクロザピンは?」など、ご家族から質問されることも多くなりました。

しかしインターネットや本などで情報は知っていても、理解・納得されている方は少ないですね。「こういう薬があるって聞いたけど、こういう作用があるって知ってるけど……よくわからない」と言われます。情報の整理ができていないのです。AとBは同じような薬理作用があっても、名前が違えば「2つはまったく違う薬」としか捉えられていない。例えば「セレネースは幻覚や妄想などによく効くけれども錐体外路症状など副作用が起こりやすい。ルーランも幻覚や妄想などに効くが、副作用が起きにくい」と。でも「それが何故なのか」は、あまりよくわかっていらっしゃらない。ですから定型薬と非定型薬についてなど、系統立ててご説明すると非常に喜ばれます。

そして、患者さん・ご家族は常に「医師にどう伝えたら、本人にとってより良い薬を処方してもらえるのだろうか」と悩んでいます。副作用と本来の症状との区別や、その伝え方がよくわからないと言うのです。

不安を与えない副作用の説明とは
今はインターネットで誰でも簡単に添付文書が手に入る時代です。そこに書いてあることを見て、患者さんやご家族が気にされるのは、やはり効果よりも副作用なんですね。一般科の薬はさほど副作用は多くないのですが、精神科の薬で特に抗精神病薬は副作用の発現が多いので。

ですから服薬指導では、添付文書にある副作用に関しては、できる限り詳しくご説明します。まず命に関わる悪性症候群、服薬の継続に影響を与える錐体外路症状、そして今起きていない副作用についても話をします。

副作用についてあまり詳しく伝えると、拒薬してしまうのではないかという懸念もよく聞かれるのですが、「薬剤師が服薬指導をしてから薬を飲まなくなって困った」という話は聞きません。逆によく言われるのは「服薬指導で、患者さんが薬のことを薬剤師によく聞くようになってから、薬をちゃんと飲むようになった」という良い評価です。

ポイントは副作用の前駆症状から対処法まで詳しくご説明することです。副作用の話だけしたら、不安になるのが普通です。けれど対処法をきちんと伝えておくと、「安心しました」と言う方のほうが多いのです。副作用が出たときに、どのように対処すれば軽くやり過ごすことができるのか、前もって知っていれば、前兆があったときに上手く回避することができます。また、どれぐらいの頻度で起こるかもお話しします。「1%」を多いと見るか少ないと見るかは個人差がありますが。

副作用を知り、医療者に上手く伝えられるよう促す
副作用についてよく知らないと、たとえばアカシジアは落ち着かなくてそわそわする副作用ですが、患者さんは「精神症状が悪くなったのかな」と思い込み、薬を余分に飲んでしまうことも起こる。主治医に訴えるときも「何だかイライラする」とだけでは、主治医はいくらプロでも「症状が悪化したのかな」と薬を増量してしまうかもしれない。「薬が多くて不安だ」というご家族によくよくお話を聞いてみると、ご本人がいろいろと症状を訴えて、だんだん薬が増えていったということもあるのです。副作用はさらに出てしまいます。

しかしアカシジアという副作用を患者さんやご家族が知っていれば、主治医に「ソワソワして落ち着かず、動き回りたくなる。で、少し動き回ると楽になる」という訴え方をすることができます。もちろん中には混乱している患者さんもいらっしゃるので、そこを医師がどう汲み取るかは大切ですが。

患者さんが今出ている症状をちゃんと捉え、上手く表現できるようにという観点からも、副作用の説明は本当に大切です。

処方は医師と患者さんの共同作業で
患者さんが薬の副作用を理解し、医師に自分の体験を伝えることで、医師もまたその患者さんにとってより良い薬に変更することもできるわけです。そうすると患者さんは自分の考えや訴えが処方に反映されますから、服薬に対する印象はとても良くなります(表1)。医療者とのさらなる信頼関係づくりにもつながっていきます。医師と患者さんが協力して処方を管理する、患者さんの意見を治療に取り入れるという共同作業はコンプライアンスの向上につながります。 病気本来の症状を抑えるために副作用が出ても使わなければならない薬もありますから、そのこともご本人が納得できるようお伝えする必要があります。また、患者さんの訴える症状の中には、急速にコントロールできないものもあります。すぐに何とかしろと言われても困難なこともあります。でもそこで訴えを聞いて、症状の原因が何かを一緒に考え、ご説明すれば患者さんも安心できるのです。

病気本来の症状を抑えるために副作用が出ても使わなければならない薬もありますから、そのこともご本人が納得できるようお伝えする必要があります。また、患者さんの訴える症状の中には、急速にコントロールできないものもあります。すぐに何とかしろと言われても困難なこともあります。でもそこで訴えを聞いて、症状の原因が何かを一緒に考え、ご説明すれば患者さんも安心できるのです。

ところが、最初からアカシジアを予防するために、抗コリン性の抗パーキンソン薬を使っていると、アカシジアがマスクされてしまって、結局「多少アカシジアは出るけど、大したことないな」で終わってしまう。ですが抗コリン性の抗パーキンソン薬は、それ自体にも副作用があります。便秘や排尿障害、鼻閉などですが、一番生活に影響が大きいのは記銘力障害(認知障害)なんですね。統合失調症にはもともとそういう主症状のある方がいますから、その症状を悪化させてしまうこともありますし、アセチルコリンとドーパミンのバランスが崩れてしまうこともあります。

結局、処方の何が原因でこうなっているのかわからなくなってしまう。本当は副作用の現れ方によって処方を変えるべきなのに、さらに薬剤を上乗せしてしまう危険性があります。こうしたことを避けるためにも、患者さん自身が薬のことを理解する必要があります。多剤併用の問題を改善するためにも薬剤情報の提供は必要なわけです。

治療への参加を促す
薬を飲むことによってディスフォリア(dysphoria:不快気分/全般的な不満、落ち着きのなさ、抑うつ、不安の気分)を感じている患者さんも多いです。飲んでいると身体が重いし、だるいし、本を読んでも頭に入らないし、何か嫌だなと思っていることを、やはりなかなか表現しきれていないんですね。そこでどうなるかと言うと、何も言わず飲まなくなってしまう。だからこそ、薬の選択はご本人やご家族の話を聞いた上で考えていかないと。治療するほうは良かれと思っていても、非常に誤解が生じていて、患者さんが飲まなくなってしまう場合があるわけです。

また、退院して社会へ出て行くときも、就職などの状況変化に応じて薬を変える必要性も出てきます。副作用で手が震えたり、眠くて仕事ができないからと、飲まなくなってしまうケースもあります。

コンプライアンスの維持にもっとも効果的なものは、やはり主治医との信頼関係です。ご家族も患者さんも主治医に対して率直に物が言えて、相談できることは重要ですね。患者さんやご家族が望む薬があったら、その薬について検討し、もしだめならきちんとご説明する。

また、薬の量も種類も多いとだんだん飲まなくなってしまいます。やはり薬を多剤・大量に使うことのメリットはあまりないのです。

薬の数や量が少なく、その上で副作用も少ないことが自覚的薬物体験を向上させるんですね。そうするとコンプライアンスの向上にも結びつくケースが多い。

でもいくらコンプライアンスが良くて、順調に服薬を続けていても、ある拍子に飲まなくなってしまうこともある。「きちんと飲んでいますか?どうですか」と、ときどき聞かなくちゃいけない。服薬の継続は簡単ではありません。

医師と薬剤師の連携
薬物療法について、医師と薬剤師が共通の課題を持っていれば、連携はおのずとスムースにいくと思っています。目指すのは「なるべく少ない種類・用量」で、なるべく飲みやすい形にしていくこと、患者さんが飲み続けるために工夫することですね。

かつては患者さんを鎮静してコントロールしていくという考え方がありましたが、それは当時の医療そのもののコンセプトが「管理」だったためです。医師も看護師も薬剤師も、患者さんの幻覚や妄想を全部なくそうと一所懸命に薬物で治療をした。その結果、患者さんは鎮静され過ぎてしまって元気のない状態になってしまった。でもそれが当時の薬の効果であり、治療の目標だったわけです。ですが今は、「鎮静」ではなくなってきました。患者さんが地域に出て社会復帰、自己実現を目指す中で、幻覚や妄想が多少あっても生活に支障がなければいいではないか、そのかわり薬によって、その人の能力を阻害してはいけないという方向に変わってきています。医師と薬剤師が、そういう薬物療法のあり方をお互いに共有することが、連携には大切だと思います。

医師に伝えたいこと
医師が診断して治療を進めていく中で、その治療プランの中に薬剤師を組み入れていただければと思います。薬剤師の仕事は服薬指導だけでなく、重複投与や相互作用のチェック、疑義照会もあります(図1、2、表2)。そこで薬剤の安全保障にもなります。また、きちんと疑義照会のできる薬剤師を育てるためには、精神科の専門学会などへの参加が効果的です。そして薬剤師を上手く利用して欲しい。われわれ薬剤師は薬物療法に関するセカンドオピニオンになりたいし、ならなければと思っています。そうでないと薬剤師の存在価値がありません。おとなしく調剤だけをしている薬剤師しかいなかったら、その病院は不幸だと思いますよ。