産業メンタルヘルスにおける統合失調症

とても参考になります。

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産業メンタルヘルスにおける統合失調症

全国で6万3千人いる産業医のうち、精神科医は3%しかいません。実数で1,200名ぐらいです。最近、ようやく企業が精神科医を雇用して対策を講じるようになってきました。かつては企業で産業医を雇うとなると、内科医、外科医、あるいは整形外科医でしたが、今は内科医と精神科医です。

こうした企業内のストレス増大に伴って、統合失調症の方々にお会いすることが多くなってきています。ただし「統合失調症が増えた」ということではなく、今まで同僚が支えて何とか勤務を続けられていた軽症の方が、やっていくのが現在は難しくなっている。言い換えれば、事例化する閾値が下がっているということです。

統合失調症を発症した場合、退職を余儀なくされるケースも実際少なくありません。周囲が気を遣いますし、本人だけでなく周囲も悩み、結果的に生産性が落ちることもあります。そこをどうすれば上手く支えられるか、職場復帰を可能にできるか。産業医および主治医の対応は重要です。

産業医が企業から受ける相談とは
職場から産業医がよく相談を受ける内容は「(ある社員の)パフォーマンスが下がった」とか、「ちゃんと仕事はやっているんだけどミスが多い」「独り言が多い」などですね。特に目立つ訴えは「人間関係のこじれ」です。「パソコンのパスワードを消された」など、現代風の妄想も増えてきました。ですが、私がよく職場から聞くのは「仕事をこなす量は多少減ってもいいが、周囲を威圧するような問題行動が一番困る」ということです。この点で統合失調症は職場にとってすごく問題の大きい病気かと言うと、そうではないですね。精神障害において、職場復帰率が最も悪いのはアルコール依存、それから会社に行けなくなってしまうパニック障害。躁うつ病も、躁状態のときにいろいろなトラブルを起こしてしまうので復帰率は低い。うつ病などは2割ぐらいは慢性化し、コンスタントに能力が発揮できなくなる。でも統合失調症は落ち着けば5~10年はその状態が保てます。120%仕事して、急にまったくできなくなって休んでしまうよりは、80%の力で働き続けてくれる社員のほうが望まれますから。実際、企業で働いていて初めて統合失調症を発症した場合、一時的に休職が必要になる場合もありますが、長期的にまったく仕事ができなくなるケースは、それほど多くありません。

診断書をどう書くか
産業医の診断書はふつう上司、人事、健康管理室に回っていくのですが、そうすると誰が見るかわかりませんので、当たり障りのない病名を付けることがあります。これは仕方がないと思います。本人にとって不利益になることが多いですからね。ただし、診断書とは別に診療情報提供書を産業医から主治医に求めることがあって、それにはリアルな情報が提供されます。

やはり統合失調症に関しては、病名が変わった今でも「かなり重い病気」「治らない」「働けなくなる」という誤った考えが一般にあります。症状の重い方は本当に数パーセントに過ぎず、軽い方は事実上ほとんどが就労には差し障りありませんから、病名については慎重になります。もし病名を言うなら、病気の説明をかなり細かくする必要があります。しかし、それよりもどれぐらい仕事ができるのか、就業上どういう配慮が必要か、服薬の必要性などの話のほうが有益です。

企業側への情報提供
一般の方に統合失調症を理解してもらうのは本当に難しいです。例えば「妄想」ひとつを言っても、それがどういうものであるか、職場の方は意外とわかっていないのです。ですから企業側には「統合失調症は、ひとつの病気ではない」ということを、かなり強調します。「風邪と同じように、いろいろな原因が関わって起こる病気で、表に出る症状は人によってさまざまです。きちんと服薬し治療をすれば、仕事も十分してもらえる可能性が高いと考えます」と、お話しします。

「会社側には(患者さんの)情報を一切提供しない」という主治医がよくいらっしゃいます。患者さんの利益を考えてのこととは思いますし、もちろん情報開示は本人の了解を得ることが前提になりますが、実はかえって本人に不利益となることが多いのです。情報が提供されないと、職場としても「どこか精神科に通っているらしい」だけでは疑心暗鬼になってしまう。さらに偏った知識に頼ったり、あるいは専門でない産業医に聞いたりして、誤った情報を得ることもあるのです。そうすると会社側は本人に不利益な処遇をすることもあります。

情報提供のポイント
それでは、本人の不利益にならない適切な情報開示とは何か。確かに難しい問題ですが、実はそんなに手間ではありません。

職場で重要な情報は、病名よりも“今後の見通し”です。本人に3か月休職が必要なら、その間アルバイトを雇うなどの対処が必要ですから。企業側としても、育てた人材が辞めてしまうのは損失も大きいですし。さらに職場の同僚にどう説明すればいいか、どこに相談すればいいのか、という情報があれば職場も安心ですよね。

復職へのステップ
復職へのステップは、統合失調症でも、うつ病や不安障害でもほとんど同じです。まず病状が回復し、生活リズムが戻ってきて、さらに日常の活動性が元に戻ったかどうか、です。
しかし、その状態はまだ「家庭内寛解」に過ぎません。仕事ができるのは次の段階です。家だけでなく職場で活動できるようにしてもらわなければなりません。朝決まった時刻に起きられるように、一日一時間ぐらいの散歩や、スポーツジムに通っていただく、さらに新聞を30分読んだり、パソコンを操作したり、また家族や人と話ができるようになることも重要です。少なくとも1か月~2週間前にはもともとの生活リズムに戻しておきたいですね。

本人への説明
私は産業医の立場でよく患者さんと話をするのですが、どういう病気で、どういった治療をし、どんな薬を飲んでいるのか、理解されている方はあまりいらっしゃらない。診断書も大概、「心因反応」や「神経衰弱」などと書かれているから、本人が病気をきちんと理解していない方が多いです。この問題は大きいのです。どういう病気で、どういった点に気をつければ再発しないなどの情報は、本人が復職した後も重要です。こうした情報共有の必要性を理解していただきたいと思います。

(島悟)