職場復帰の例

新聞などでも報道されているように、30代のうつ病患者が急増しています。それにともなって休職する社員も増え、なかなか職場復帰できないケースを多く見かけます。そのため、「一度うつ病になると、以前と同じように働くことはできない」という誤解も生じているようです。

 はっきり言っておきましょう。うつ病になったからといって、以前と同じような仕事ができなくなるとか、すぐに再発するということはありません。ほとんどの場合、きちんと薬を飲み休養をとれば、うつ病は治ります。問題は、休職した後の職場復帰のしかたにあるのです。

 これは私が知っている営業マンの話です。彼は自動車販売店で働くバリバリの営業マン。気さくな人柄で、同僚には好かれ、後輩からも慕われていました。そんな彼の異変に気づいたのは、いっしょに働いていた同僚です。陽気で明るく、いつも冗談を飛ばしていた彼があまり笑わなくなり、口数も少なくなったからです。「どうかしたのか?」と聞くと、「最近、ちょっと眠れなくてね」という答えが返ってきました。

 実は、彼は半年前に2年連続全国トップの営業成績を上げ、社長賞を獲得したのですが、それがプレッシャーとなっていたのです。最初こそ、はりきっていたものの、その後は思うように成績が伸びず、焦っていました。加えて、田舎で暮らす母親が病気で入院し、退院後の世話をどうするか、兄弟で話し合っている最中でもありました。妻からは「私も仕事を持っているし、介護なんてできないわよ」と言われ、仕事中もそのことが頭から離れなくなっていたのです。

 営業成績が下がる一方の彼は、上司からも「きみらしくもない。どうしたんだ?」と声をかけられ、ますます追いつめられていきました。そして、不眠が続き、勤務中も頭が働かず、体もだるくて営業に回るのが苦痛になり、「俺はダメな人間だ。何をやってもうまくいかない」と妻にもらすようになったのです。心配した妻がなんとかメンタルクリニックを受診させたところ、うつ病と診断され、1カ月間休職することになりました。

 自宅で休養しながら通院し、投薬治療を受けて不眠も改善され、少しずつ以前のような明るさを取り戻していきました。休職期間が終わる頃、主治医に「体調はどうですか?」と聞かれ、彼は「もう大丈夫です。職場に戻ります」と答えました。まだ完全ではないと感じた主治医は「もうしばらく様子を見ては?」と尋ねましたが、彼の意志は固く、休職が終わると早々に職場に復帰しました。ところが、それから1カ月も経たないうちに体調を崩し、再び休職してしまったのです。いったい何があったのでしょうか。

 復職すると、彼は「いままで休んだ分も取り戻さなくては」と初日から通常どおりの仕事を始めました。日中は営業に歩き、会社に戻ると書類の作成と整理で残業になることもしばしばでした。しかも、主治医から「続けて飲むように」と指示されていた薬も、忙しさにかまけて飲まなくなっていたのです。

 しばらくすると、彼は再び不眠に悩まされるようになり、朝も起きられなくなりました。遅刻が増え、お客様との約束に間に合わないこともありました。こうなっては上司も見過ごすわけにはいきません。「よくなっていないんじゃないのか」と言われ、再度、メンタルクリニックを受診。うつ病の症状の悪化がみられるとして、再び休職することになったのです。

 これは職場復帰に失敗した、典型的なケースです。初日から通常業務に復帰するなど、もってのほか。まずは10時から3時までの時短勤務からスタートし、単純作業や責任をともなわない業務などアシスト的な仕事から入るのが、職場復帰の基本です。そして、少しずつ時間を延ばして、体と心を慣らしていくようにします。もちろん、主治医から指示された薬の服用を勝手にやめるのも厳禁です。主治医と相談しながら、徐々に薬を減らしていきます。自己判断で服用をやめたら、せっかくよくなってきた症状がぶり返してしまいます。

 現状では、社員がうつ病になった場合、多くの会社が休職のことまでしか考えていません。しかし、実は職場復職するときのサポートが非常に大切なのです。職場復帰プログラムを作って、これから先の見通しを示しながら、明確なリハビリ期間を設ければ、プレッシャーや焦りも軽減され、多くの人が以前と同じように仕事に復帰することができます。

 心の病の回復に、焦りは禁物。『急がば回れ』のことわざどおり、早く完全復職するためには、見通しを示して行き詰まり感を減らし、ゆっくり職場復帰することが肝要なのです。