外来クリニックにおける発達障害の治療

精神療法 33-6 : 724-729 2007

『外来クリニックにおける発達障害の治療』        よこはま発達クリニック

Ⅰ 発達障害とは

 筆者が所属するクリニックは発達障害のある人を対象にした民間の児童精神科クリニックであり、クライアントのほとんどが自閉症スペクトラム (Autistic Spectrum Disorders : 以下 ASD と略す) (Wing , 1997) と診断されている。
 本稿では前思春期以降の高機能 ASD の人たちの柄意における支援について述べる。
 一般にアスペルガー症候群や高機能自閉症、高機能広汎性発達障害といわれる人たちである。

 ここで診断概念について簡単に確認しておきたい。
 発達障害に関しては、国際的診断基準 (ICD-10 と DSM-Ⅳ-TR) は欠点が多く臨床には使いづらい。
 筆者は臨床において広汎性発達障害概念ではなく、Wing の ASD 概念を採用している。
 Wing の提唱する ASD は社会的交流、社会的コミュニケーション (言語性と非言語性) 、社会的イマジネーションのいわゆる 「ウイングの 3つ組」 (Wing & Gould , 1979) によって定義される症候群であり、通常固定した反復的な行動パターンを伴う。

 広汎性発達障害と ASD 、そして DSM/ICD のアスペルガー障害と Wing の提唱したアスペルガー症候群 (Wing , 1981) がしばしば同義語のように使われるが、それは間違った理解である。
 臨床的には重要な問題を内包しており興味のある方は文献 (田中・内山、2007 : 吉田 , 2006) を参照されたい。


Ⅱ 発達障害と治療

 治療や療法という言葉は発達障害になじまない。
 発達障害とは脳が多数派とは異なったあり方で機能していることである。
 脳機能のあり方の偏りは認知や行動のあり方が多数派とは異なるということで明らかになる。

 筆者がアスペルガー症候群の支援を考えるときに基本にしているのは以下の Gillberg C (2002) の言葉である。


「アスペルガー症候群の人とその家族の生活の質を改善するために、もっとも重要な唯一の介入は、周囲の人々の態度を変えようとすることである。
 それは介入の対象が特定のの問題であっても、アスペルガー症候群の本質であっても、アスペルガー症候群のある人自身であっても同じである。
 周囲の態度を変えるためには適切な診断が必要である。」


 Gillberg はアスペルガー症候群を対象に述べているが、この原則はもちろん ASD 全般にあてはまる。
 ASD の人を支援する際には ASD の特性を尊重することが大切である。
 ASD の人はこの世界では少数派であって、多数派向きに構成された社会では不利益をこうむることが多い。
 ASD の特性から受ける不利益を最小限にすることと、その人が持っている特性が最大限に活かせることを目指した支援が望まれる。


Ⅲ 支援を開始するために : 診断・評価の重要性

 ASD の支援を開始するためには、ASD の診断を下さなければならない。
 このことは当然のことだが、非常に重要なことだ。
 ASD の特性は、その人の生活場面の多くを支配する。
 精神療法の基本である 「言語」 によるコミュニケーションにもアスペルガー症候群の特性は大きな影響を与える。
 社会性やイマジネーションの障害もあいまって、知能テストや投影法テストの回答にも影響を与える。
 精神療法の世界においても ASD は少数派であって、ASD の特性を考慮しないで彼らの言動を解釈したり、投影法テストの結果について伝統的な力動的解釈を行うと誤解をすることが多いと思う。

 アスペルガー症候群に限らないが、精神障害や発達障害の診断を下すためには、一定以上のトレーニングを受けた専門家が十分な時間をかけて行うことが望ましい。

 対象が子供であるか成人であるかによって方法は若干異なるが、基本は同じである。
 当院では診断は医師と心理職の 2人以上のチームで1日かけて行う。
 午前中医師は半日かけて保護者 (時には配偶者や兄弟) から発達過程を丹念に聞き出し、心理職はクライアントに知能テストを実施し、さらに休憩時間などの非構造化された場面にゲームや雑談をしながらクライアントの特性を把握する。

 発達歴を聴取する過程で社会性やコミュニケーション、イマジネーションなどの ASD 特性について把握することは当然であるが、感覚刺激への反応、着脱や片付けなどの身辺自律スキル、読書や書字、作文の能力、教科の成績などの過去・現在の情報を確認する。
 思春期以降の場合には抑うつ気分の有無や不安症状などの狭義の精神科的症状の存在も想定する必要がある。
 たとえ、クライアントが成人であっても、親から発達期の情報を聴取することが大切である。

 このように時間をかけて詳細に発達歴・現病歴を聴取することでクライアントの病理的な所見のみならず日常生活における困難や長所や興味のあり方などを含めた全体像をああくするように努める。
 その過程で親はクライアントの行動を改めて確認することになるし、クライアントも自分を理解するために親が努力していることも実感する。
 本人と親が同席の上で聴取するときは親が知らない学校や会社での出来事が面接場面で明らかになることも少なくない。
 このような情報を聞き出す過程で親のクライアントに対する見方が多元的になり、状態への理解が深まることが多い。

 午後には診断・評価の結果について親に伝える。
 単に診断名や心理テストの結果や認知プロファイルを告げるだけでは不十分である。
 心理テストの結果については回答内容を質的に吟味 (黒田・他 , 2007) した上で、すべての情報を総合的に検討しクライアントの認知特性、長所、苦手な部分、学習スタイルなどについてできるだけ具体的に伝えていく。
 クライアントが成人の場合、本人にどこまで初診時伝えるかの判断は難しい。
 クライアントがある程度の予備知識があり診断を知ることを希望しており、診断の内容も本人の想定と同じ場合には初診時に説明することもあるが、自己診断と医学的診断が異なる場合などは、定期的に外来に通ってもらい時間をかけて説明する。

 さらに後日、診断、診断根拠、評価の内容、支援プランの結果を詳細なレポートにまとめて家族のもとに送付する。
 クライアントが成人の場合には本人に対しても情報を提供するつもりで書くことが多い。
 もちろんクライアントの状況によっては、伝える内容について慎重に検討し、家族向けとクライアント向けに 2種類のレポートを準備することもある。
 親やクライアントが欲しているのは単なる診断名ではなく、今後どのようにわが子を育てていくべきか、あるいは自分自身がどのように生きていくべきかというプランや日々の生活の困難に対処する具体的な方略だろう。
 レポートにはできるだけ親・クライアントが必要としている情報を具体的に記載するように留意している。


Ⅳ 認知特性を理解することから支援が始まる

 ASD は発達障害であり、特有の認知障害がある。
 ASD と診断することは、まず認知障害から理解するということである。
 ASD の特性はその人の行動の多くを支配する。
 そのため、その人の行動のあり方を理解するときに、まずは ASD の認知特性から考えるということが診断することの意味である。
 むろん、認知特性だけですべての説明がつくわけでないが、「まずは」 認知特性から考えて支援を考えることが重要である。

 ASD を診断することが臨床的な有益さにつながるためには ASD の認知特性を知っておく必要がある。
 発達障害は治らないから診断だけして、何も支援しないなどと誤解されることが多い。
 もちろん発達障害と診断することは支援のためであって、医師や心理職ができることも多い。
 ただ発達障害と診断することのメリットを一般の精神科医や心理士はあまり認識していないように思う。


Ⅴ ASDの認知特性

 発達障害と診断することのメリットを読者にわかっていただくためには最小限の認知心理学的な知識をまとめておく。
 ASD では認知発達のあり方に特徴がある。
 主な点は視覚による理解が聴覚による理解より得意であること、計画して実行する力の弱さ (実行機能障害) (太田 , 2007) 、状況を考慮して判断する能力の弱さ (弱い中枢性統合) (黒田 , 2007) 、心を読む能力の弱さ (心の理論障害) (飯塚 , 2007) 、注意の障害、感覚の過敏さなどである。

 視覚理解が聴覚理解より得意なのは、カナータイプの自閉症ではよく知られているが高機能自閉症やアスペルガー症候群でも音声言語よりメモやメールなどによる視覚的な手段のほうがコミュニケーションが取りやすいことが多い。

 「実行機能」 (遂行機能や監理機能ともいう) とは何らかの行動を計画し、開始し、自分の行動を監視し、必要な行動を実行し不要な行動は抑制して目的を持った一連の行動を実行する能力である。
 実行機能が障害されるために物事の段取り、計画が苦手、順序づけで混乱することがある。
 例えば予想外の事態が生じたときに状況に応じて計画を変更できなかったり、部屋の整理整頓ができなかったりする。
 ASD に特異的な機能障害ではなく AD/HD や認知症でも認められるが、ASD の人の対人場面以外での日常生活の困難に強く関係する。

 「中枢性統合能力」 とは全体の状況を考慮して、物事を理解する能力である。
 中枢性統合能力が弱いと全体を包括的にとらえるよりも、部分に注目しやすい。
 いわゆる木を見て森を見ない状態になりやすい。
 情報の多い絵や写真を見るときに、全体のストーリーとは関係のない枝葉な (と多数派からは見られる) 部分に注目してしまい、全体の意味を多数派とは違った解釈をする。
 このような事態は認知検査の場面だけでなく対人交流を含む日常生活で常に生じている。
 日常生活は互いに複雑に関連しあった多くの情報が津波のように押し寄せる場であって、アスペルガー症候群の人は全体の意味がとれずに困惑したり、独自の (つまり少数派の) 解釈をし、多数派の世界では浮いてしまいがちだ。

 「心の理論」 とは他者に感情があること、自分とは異なった考えを持つことを理解する本能的な能力である。
 Mentalizing (心理化) の障害ともいう。
 心の理論障害は、相手の表情から気持ちを読み取ることの困難さや、対人交流の場面で相手の意図が読めず、ちぐはぐな対応をしたり、相手の悪意に無頓着で騙されやすいなどの行動で表現される。
 対人関係における困難、社会性障害と関連が深い。

 ASD はしばしば AD/HD を合併し (Yoshida & Uchiyama , 2004) 、多動や不注意を示すことが多い。
 注意の切り替えが苦手だったり、一度注意した対象から注意を離し辛かったり、重要で必要な対象に焦点を当てること (選択的注意) の苦手も認められる。

 感覚情報処理の障害も臨床的には重要であり、聴覚、視覚、嗅覚、温度、痛み、触感、味覚などを適切に感じることが難しい。
 つまり感覚刺激に過敏だったり鈍感だったりする。


Ⅵ 本人より周囲が変わることのほうが大事

 ASD の認知特性について認知の偏りがあるのだから、認知の障害された部分を伸ばそう、正常化しようと考える専門家も親もいるだろう。
 苦手さを克服しよと絶望的なまでの努力をするクライアントもいる。
 発達障害の認知特性の表現は発達によって変化する。
 例えば、幼児期に顕著な言葉の遅れがあった子供が、後年流暢に話すようになることは珍しくない。
 しかし ASD の人の認知特性の本質は一定であって、ASD の人の ASD 特性をなくす、あるいは軽減するということを治療目標にしてはいけない。
 ASD の認知特性を把握することが大切なのは、認知の偏りから生じる不利益を最小限にするために周囲あるいは本人がどのような工夫が必要かを考えるヒントのためであって、苦手な部分を正常に近づけるためではない。
 認知特性に合わせて周囲の人の接し方やクライアントの生活場面の物理的環境を改変する、つまり広い意味の環境を操作することが大切である。
 そのためには ASD 特性とクライアントそれぞれの評価に基づいて、クライアントの現実生活における諸問題に具体的な提案をするのが重要な支援であろう。
 認知特性の本質は基本的に継続するのであって、本人の認知特性を変えるように働きかけるのは、クライアントに向かって 「個性を変えろ」 とか、「あなたの存在そのものが誤謬(ゴビュウ)だ」と言っているようなもので厳に慎むべきである。

 では、このような認知特性を持った人をどう援助するべきだろうか。
 親や教師、雇用主や同僚などが、本人の発達障害の特性を理解して、むやみな声かけやお説教を減らし、仕事の予定をメモに書いて渡すなどの視覚を用いてコミュニケーションをとるようにする。
 静かな環境の設定に心がけるなどの、少しの配慮をするだけでも、受診者の負担が減ることもある。
 実行機能を補うためには 1日あるいは1週間の予定を立てるときに、予定表に一緒に書き込みながらプランをたてる手伝いをすることも有効である。
 具体的な方法については吉田 (2005) が参考になる。


Ⅶ 個別カウンセリング

 個別カウンセリングの基本はクライアントに対して自己の特性の理解を促し、対人場面や日常生活における困難を最小限にし、肯定的な体験を持てるようにするための具体的な体験を持てるようにするための具体的な方法を提案し、クライアントとともによりよい方法を探っていくことである。

 思春期以降の ASD の人は抑うつ的になったり、自己否定的になったり、職場や学校での対人関係や、恋人や配偶者との関係で葛藤を生じることも少なくない。
 そのような場合に精神療法的な個別カウンセリングが必要になる。
 ASD の人を対象に個別カウンセリングを行う際には ASD の認知特性を考慮する必要がある。
 ASD の十分な知識のない治療者が内省や洞察を促すような精神力動的なカウンセリングを行うと、時に破壊的な結果をもたらす。

 Marcus (2005) は伝統的なカウンセリングとの相違点を次の 5点にまとめている。
① カウンセラーは、単刀直入に障害 (ASD) を取り上げて、それについて来談者と話をすること
② カウンセラーは、自分自身について語る (自己開示する) ことも多く、そのため伝統的なカウンセリングで強調されているような治療者と被治療者としての立場を明確にした関係が曖昧になることがありうる、つまり多少は個人的な友人関係の側面が生じることがある
③ 指示的なアプローチであること
④ 視覚的ツールを用いる方法であること
⑤ 来談者との生活場面をともにする第三者 (たとえば、親や雇用主) との連携を図る必要性が高いこと。

 ASD の認知特性やコミュニケーション障害に注意を払い、通常のカウンセリングでは要求されないようないくつかの工夫をする必要がある。
 例えば文章や図などの視覚素材を用いて口頭だけでなく視覚でも情報を伝える、最後あるいは途中で情報をノートにまとめクライアントに渡す、話の要点がすぐには理解できないクライアントには、理解できるように十分な時間の余裕を与える、話題が変わるときには切り替わることを明白に伝える。
 学校や職場などの対人関係が話題になるときは、できるだけ第三者からも情報を得るようにして、状況の正確な再現を心がける。
 その上でできるだけ具体的で公平な解決策を考えるなどである。

 また彼らの関心の対象や彼らの信念を尊重することも心がける。
 成人であっても幼児向けのアニメに強い関心があったり、血液型占いや “スピリチュアル” な話題を信じている場合がある。
 うっかり苦笑したり、疑問を呈したりすると、以後のカウンセリングに支障をきたすことが多い。
 彼らの興味・関心の対象はたとえ内容がいささか奇矯であっても大切な通路であって、治療者が関心を持ち傾聴することでラポールを維持することを心がけたい。


Ⅷ 自己効力感

 多数派向けに構成された我々の社会では ASD の人はどうしても失敗や否定的な体験を積みがちである。
 ASD 概念が教育や医療の現場で浸透してきたことはひとつの進歩ではあるが、ASD の弱点がクローズアップされて、弱点の克服のみに焦点があてられるとしたら、かえって彼らを追い込んでしまうことになり本末転倒である。

 子供の苦手なことを探し出して克服させようとすることが教育や療育だと思っている専門家が多いのは困ったことだと思う。
 「相手の目を見て話す」 「大きな音がしても耳塞ぎをしない」 「偏食を矯正する」 などが支援目標になりがちである。
 そこで ASD の子供が示す表面的な 「問題行動」 がターゲットになり、行動の基底にある認知特性 (簡単には変化しない) の存在が忘却されがちである。
 また、子供になんらかの努力を強いる際に子供の動機や興味、子供の能力にみあっているかどうかが忘れられる傾向があるのも注意したい。

 ASD の子供や成人を支援する場合には、彼らが自己効力感や自己肯定感を持って生きていけるように支援したい。
 自己効力感 (Self Efficacy) は Bandura (1997) の提唱した概念で、これから生じる状況に対処するために必要な行為を、適切にプランをして実行できる能力が自己にあると思えることである。
 自己効力感の弱い人は、課題を実際より難しく感じやすく、抑うつ感や不安感情を持ちやすい。
 自己効力感を持つことができるためには達成体験が必要である。
 一方、失敗体験は自己効力感を下げる。
 自己効力感の低い人は成功しても自信を持ちにくい。

 多数派向けに作られたこの世界は ASD の人にとって苦手なことが多く、ASD の人は肯定的な体験が少なくなりがちであり、自己効力感を持ちづらい。
 また ASD の人は失敗に対して敏感でネガティプな体験が印象に残りやすい。

 したがって ASD の人の成功体験を増やすこと、失敗体験をできるだけ減らすことに留意した支援を幼児期から行うことが大切である。
 自己効力感は task-specific な概念であり、与えられた task を遂行可能と感じることで得られる。
 したがって、ASD の子供や成人にとっての task を可能な限り個々の ASD の人にとって遂行可能であるように工夫する。
 task とは学業課題やソーシャルスキルに限らない。
 他者とのちょっとした会話や明日の行動の計画も task になる。
 ASD の人にとっては対人関係や日常生活全体が困難な task に満ちているのであり、挫折する可能性は無数に存在する。
 しかし彼らは一見して障害があるように見えないために、周囲が彼らの感じている負担を理解しがたい。
 できる限り失敗体験を避けるような環境を操作する工夫をすべきである。
 クライアントの能力や興味、動機を考慮した適切な task を設定すること、そしてその task をどのように達成するかの特別な工夫 (吉田 2005) を行うことが必要だ。
 そのような工夫を行い自己効力感を養っていくことで自己肯定感や自尊心につながっていくことを期待したい。

*****
お勉強で言えば、公文式。
できることだけを反復して、「よくできたねー」と誉めているうちに少しずつ成長する。
次はこれ次はこれと言っていると、「まだだめ」のメッセージになり、
否定的な構えの人間になってしまう。

誉めて育てて時間を待つ。
少数派で結構。
わたしはその主義だ。