心の病と戦う-2

心の病は確実に増加傾向 社会経済生産性本部が2005年に実施した「労働組合のメンタルヘルスの取り組み」に関するアンケート調査の結果によると、68%の労働組合が「心の病が増加傾向にある」と回答した。心の病のため1カ月以上休業している組合員がいる労働組合も、68.1%に上っている。心の病の原因として最も多かった理由が「職場の人間関係」(30.4%)だ。次に「仕事の問題」(18.6%)と続く。職場のメンタルヘルスを低下させる要因としは、「コミュニケーションの希薄化」を挙げる労働組合が49.9%と最も多い。

 「人間は情報処理をする生き物だ。処理可能なキャパシティを上回ると精神的に問題が起こる」

 前回話しを聞いた3名の技術者たちは、仕事のキャパシティが処理可能な範囲を超えたというわけではない。ただ、自分の中で処理しきれない「何か」を抱えていたことは確かである。社会経済生産性本部のアンケートで心の病の理由として多く挙げられた「人間関係」も、うまく処理できなければキャパシティを超えてしまう。

 「単に仕事が忙しいというだけでうつ病になるわけではない。原因はさまざまで、原因がわからないまま長期間うつ病と戦う人もいる」。

 ひと昔前、IT業界で開発技術が日進月歩だった時期には、「プログラマーが昇進し、役職を与えられた際にうつ病に陥る人をよく見た」という。それは、新しい技術が日々登場し、新人の方が技術に詳しいというプレッシャーに加え、そうした部下を管理するという慣れない仕事が増えたことによるもので、「2つのストレスを同時に抱えている人が多かった」と栗原氏は言う。

 技術者の傾向として、「根が真面目で仕事もとことんやる人が多い。また、技術者派遣として客先に出向いて仕事をすることも多く、顧客を相手にすることでプレッシャーやストレスが積もる可能性も高い」と話す。前回登場した中井さんも、復帰時に客先へと派遣され、高度のプレッシャーなどにより完全復帰を果たすことができなかったケースだ。

企業の対応は? 少し古いデータになるが、2002年に厚生労働省が発表した「労働者健康状況調査」によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる企業や団体は23.5%となっている。特に、事業所規模が1000人以上の場合は約90%が何らかの対策に取り組んでおり、300人以上の規模では60%を超えている。

 その取り組み内容は、「相談(カウンセリング)の実施」が最も高く55.2%、次いで「定期健康診断における問診」が43.6%、「職場環境の改善」が42.3%だ。こうした取り組みを行う事業所のうち、産業医や保健師、衛生管理者など専門スタッフがいる事業所は約半数の49.8%となった。

 一方で、メンタルヘルス対策に取り組んでいない企業の割合は、事業規模が小さくなればなるほど高くなり、50人~100人未満の企業では67.6%、30人~49人規模では73.4%、10人~29人規模では79.8%。つまり、ほとんどの企業で対策が進んでいないことを示している。

早期発見のためにもカウンセリングを 
 早期発見の重要さを強調しており、そのためにも支援を得る手段を多様化すべきだと強調する。「例えば、メールのカウンセリングだけで回復した人もいる。コミュニケーションの手段はさまざまで、窓口も増えてきているのだから、患者にとってなるべく抵抗感の少ないアクセス手段を設け、セーフティーネットを多様化させるべきだ」

 ただ、企業がこうした支援策を準備しても、自主的に心の健康診断を受ける人はどの程度いるのだろうか。日本労働組合総連合会が2004年に実施した「連合生活アンケート調査報告」によると、「仕事上精神的なストレスを感じることがある」と回答した人は、合計77.5%にのぼったが(「常に感じている」18.4%、「感じることが多い」21.8%、「時々感じている」37.3%)、ストレスを感じている人に「メンタルヘルスに関する専門相談機関に相談に行ってみようと思うか」と質問したところ、「思う」と回答した人は13.1%にとどまった。「常にストレスを感じている」と答えた人でも、専門相談機関に相談しようと思う人は25.4%で、相談しようと思わない人(41.4%)を大幅に下回っている。

 「アメリカなどでは精神的なカウンセリングを受ける習慣もあるが、日本人はまだこうしたカウンセリングに対し、抵抗感を示しているようだ」と話す。しかし、「多くの企業が窓口を設け、匿名で相談できる環境を整えているケースが多いので、壁を乗り越えてぜひカウンセリングを受けてほしい」と訴えている。

 心の病は、症状も原因も人それぞれで、発見するのも難しい。しかし、早期発見は病状の悪化を防ぐだけでなく、回復までの時間短縮にもつながる。「自分は大丈夫だと思っている人ほど回復が大変だ。また、IT系技術者の人は仕事熱心で、病状が進行してから医者にかかる人も多いため、回復に時間がかかる」と指摘している。

 前回の取材で話しを聞いた技術者3名は、みな症状が悪化して初めて通院し、長期間治療を続けている。初期段階で適切な治療を行わなかった中井さんは、「病状がひどくなるまで我慢して仕事を続けないほうがいい。その前に休職するなり、対策を考えるべきだ」と語った。