気分変調症

気分変調症
辻 敬一郎
田島 治


1.概念・定義
気分変調症(気分変調性障害)の概念は,ほとんど1日中,大うつ病の診断基準を満たさない軽症の慢性的抑うつ気分が続き,少なくとも2年間(小児の場合は1年間)症状のある日の方がない日よりも多く,その期間中に症状のない期間が2ヵ月以内であり,また発症から2年間(小児の場合は1年間)に大うつ病エピソードがないことと定義されている.


2.疫学
今日の気分変調症の概念は比較的新しいということもあり,疫学的な調査自体が十分に行われていないのが現状である.一般に生涯有病率は6%,時点有病率は3%といわれている.性差別では女性に多いことが一致して報告されており,具体的には男女比は1:2ないし1:3と女性に多いという報告があるが,小児に関しては性差がないといわれている.


3.病因
3-a.遺伝
気分変調症患者は家族歴として大うつ病性障害をもつ割合が多いといわれており,ある調査結果では84%に大うつ病の家族歴がみられ,その内訳は78%が非双極性うつ病,19%が双極I型障害であったという報告がある.また気分変調症の若年発症型と高年発症型の比較では,前者の方が有意に大うつ病性障害の家族歴が多いと報告されている.


3-b.病態
気分変調症の生物学的基盤は解明されていないが,局所脳血流量の測定による研究結果では,内因性うつ病でみられる前頭葉での血流量の低下が気分変調症では認められないことや,dexamethasone抑制試験による気分変調症のdexamethasone非抑制は一般的ではなく,これは正常対照群との間に有意差はなく大うつ病との間に有意差を認めていることなどから,大うつ病とは病態が異なっていることが示唆されている.しかし生化学的にはノルアドレナリンないしドパミン系において非メランコリー性の大うつ病と有意差はなく,セロトニン系においても大うつ病との間に差を認めないという報告もある.また脳波を用いて大うつ病との比較を行った神経生理学的な研究報告が幾つかあり,気分変調症患者の25一50%が大うつ病性障害の一部の患者にみられる睡眠ポリグラフ検査所見を呈すという報告もあるが,これらには一貫した結果が見いだせていない.


4.臨床的特徴


臨床上の特徴は,基本的に大うつ病エピソードの特徴に類似しているが,自律神経症状を呈する頻度は大うつ病に比較すると少ないようである.小児の場合は抑うつ的であると同時に易怒性や気難しさがみられる.また気分変調症はその症状経過からも推測されるように社会機能障害が問題となっており,実際に多くの調査で大うつ病に比べて社会機能が有意に悪いことが報告されている.
Akiskalは慢性うつ病の亜型分類の理念的モデルを提唱しており,気分変調症も原発性か続発性か,若年発症か高年発症かで分類したが,現在は早発性と晩発性の2群に分類されている.DSM-IVやICD-10でも発症が21歳未満か21歳以上かを特定することを明記している.
次に経過,予後についてであるが,気分変調症の定義からも推測されるとおり,その経過,予後は決して良好とはいいがたい.しばしば早期かつ潜行性に発症,大うつ病を併発して初めて受診に至るケースが多い.気分変調症患者の経過を追跡調査した幾つかの報告をみても,大うつ病と比較すると有意に抑うつ症状も社会機能も回復率が悪いという結果が得られている.また大うつ病単独の患者群とdouble depressionを呈した気分変調症の患者群を比較した追跡調査でも,気分変調症患者の方が有意に回復率が悪いという報告もある.これは,double depressionの大うつ病の急性期からは回復したものの,気分変調症としての慢性軽症うつ病が遷延していることが示唆される.


5.診断と診断基準
5-a.診断
気分変調症は軽症うつ病と見なされやすく,逆に治療抵抗性のうつ病が気分変調症と診断されるケースも多々見受けられる.また大うつ病と気分変調症が共存するいわゆるdouble depressionの病像も気分変調症の存在が見落とされがちであり,その診断には詳細な病歴聴取が必要とされる.診断基準は持続性気分(感情)障害の稿で示した表1のとおりである.
5-b.鑑別診断
気分変調症と鑑別診断を要する個々の疾患と,その鑑別上の注意点を説明する.
1)大うつ病
気分変調症と大うつ病は類似した症状を呈すことから,それらの鑑別はしばしば困難を伴う.基本的にはその重症度と慢性度に基づいて鑑別される.DSM-III-R以降の気分変調症の診断基準は,発症後2年の間に大うつ病エピソードがないことが前提となっている.発症後2年以降に大うつ病エピソードが出現した場合は,気分変調症に大うつ病が併発したいわゆるdouble depressionと診断される.
2)人格障害
若年発症の気分変調症と人格障害,とりわけ抑うつ性人格障害との鑑別が問題視されている.気分変調症患者において様々な人格障害の診断基準を満たすケースが多々見受けられ,人格障害の分類カテゴリー間の境界の曖昧さが指摘されている.
3)精神病性障害
統合失調症(精神分裂病)や妄想性障害などのいわゆる精神病性障害における慢性期の経過中に慢性の抑うつ状態を呈することがまれならず認められる.残遺欠陥状態をはじめ精神病性抑うつやpostpsychotic depressionなどが遷延しているケースなどとの鑑別が必要である.
4)不安障害
抑うつ状態はしばしば不安症状を伴うことが多い.気分変調症はその診断基準からも軽症のうつ状態を呈すものであり,強い不安が前景となっている場合は不安障害と診断されがちであるため注意が必要である.
5)身体疾患による気分障害
高齢発症の気分変調症では何らかの身体疾患を伴っていることが多く,一般身体疾患による気分障害との鑑別は困難である.これらの鑑別には抑うつ症状の発現と身体疾患の発症との時間的な関連や因果関係,身体疾患の改善に伴う抑うつ症状の変化などが重要なポイントとなる.


5-c.コモービディティー(comorbidhy:共存ないし併存)
気分変調症は前述の鑑別診断としてあげた多くの疾患とのcomorbidityが多くみられる.ある疫学調査では,気分変調症患者の46%が不安障害を,39%が大うつ病を,30%が薬物乱用を合併していたと報告している.大うつ病の合併,いわゆるdouble depressionに関しては,59%が初診時に大うつ病を合併しており,97%が経過中に大うつ病を併発したという調査報告がある.II軸診断のcomorbidityに関しては,気分変調症患者の34%に人格障害を合併しているという報告がある.人格障害のcomorbidityについて気分変調症患者と大うつ病患者の比較を行った2つの調査では,気分変調症の方が有意に人格障害のcomorbidity が多いという報告もある.気分変調症の治療について経験論的にいわれることは,薬物療法および精神療法ともに反応性が悪い,ということである.しかし治療が奏効し速やかな改善が認められれば,気分変調症の診断基準を満たさないわけである。


6.治療
6-a.薬物治療
薬物反応性が不良といわれてきた原因の一つに症状が比較的軽度なため有効投与量以下の抗うつ薬が投与されていたということがあげられており,最近では大うつ病に準じた薬物療法や精神療法を行うことでその治療効果が期待できるという報告が増えてきている.一方,薬物療法の注意点としては,気分変調症は抑うつ症状が軽症ゆえにベンゾジアゼピン系などの抗不安薬の漫然投与が行われているケースが多々見受けられるが,気分変調症に対する治療的有効性も証明されておらず,また依存性の問題もあるため注意を要する.近年,二重盲検比較試験で気分変調症に有効とされる薬剤の報告が幾つかみられ,基本的にはうつ病治療に準じた抗うつ薬の投与により,その種類を問わず同等の効果が得られるといわれている.ここでは各種薬剤の種類別にその特徴も含めて紹介する.
1)三環系抗うつ薬
気分変調症に対する三環系抗うつ薬の効果は,大うつ病に対する効果ほど明らかではないものの,幾つかの二重盲検比較試験で有効性が示されている.しかし副作用の発現頻度は他の抗うつ薬に比較すると多いと報告されている.
2)選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
幾つかの二重盲検比較試験の結果によると,SSRIは効果発現は遅いものの標準的な投与量を用いれば気分変調症に有効であることが示されている.またSSRI投与により短期で効果が認められないケースであっても,増量しつつ少なくとも6ヵ月は投与を継続するべきであるという見解もある.
3)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
SNRIに関する二重盲検比較試験の報告はないが,少数例の予備的なオープン試験ではあるがその有効性を示した報告もある.
4)その他
現在国内では使用できない薬剤であるが,MAO阻害薬の気分変調症に対する効果が三環系抗うつ薬であるimipramineに比して有意に有効であるという報告がある.また,選択的可逆的モノアミン酸化酵素タイプA阻害薬(RIMA)であるmodobemideや,ドパミンD2,D3受容体阻害作用をもつamisulpirideなどの気分変調症に対する有効性も報告されている.amisulpirideと類似した作用機序を有するsulpirideは現在国内での精神科治療に広く用いられており,最近気分変調症に対する有効性が報告された.


6-b.精神療法
次に気分変調症に対する精神療法に関しては,薬物療法以上にその研究は乏しく,現在の見解では標準的な治療とはいいがたい.World Psychiatric Associationのワーキンググループも,気分変調症の精神療法は単独ではなく薬物療法と併用されなくてはならないとしている.しかし気分変調症は治療が長期にわたることがほとんどであり,治療関係を良好に保っという精神療法的配慮は不可欠とも考えられる.気分変調症は多くの異種の病型から成り立っているため,特定の理論に基づく技法が特異的に有効とは考えられず,個々のケースに合わせてより良い精神療法的技法を選択する必要がある.


文献 略