限界まで食べ、吐く 摂食障害と向き合う/1
記事:毎日新聞社 提供:毎日新聞社【2008年4月22日】
摂食障害と向き合う:/1 限界まで食べ、吐く
◇「毎日が生き地獄だった」??体が壊れる…でも太るのは恐怖
「細くはないな」。片思いしていた男の子が、足を見て何気なく言った一言。それが引き金だった。「もっと、やせよう」。神奈川県三浦市の女性(38)は高3で始めたダイエットを機に、17年間、摂食障害に苦しんだ。
食事の量を減らしたり絶食をするなどの食事制限を続けたが、一時体重は減っても、すぐ元に戻ってしまう。20歳の時、友人に「食べた後に吐いている」と打ち明けられた。
「食べたいだけ食べても、吐けば太らない。こんなおいしい話はない」。目標体重の45キロになるまでと、軽い気持ちで自分も始めた。太るのが怖く、やがて吐かずには食べられなくなった。仕事のストレスもあり、過食と嘔吐(おうと)を繰り返すようになった。
28歳で思いを寄せていた男性と別れると、悲しみと喪失感から過食がエスカレートした。毎晩、スーパーで見切り品の食物を買いあさり、おなかが膨れ上がるまで食べ続ける。食後、吐く汚物は一日バケツ3杯にもなり、父親が裏山へ捨てに行った。体重34キロ。心も体も限界だった。仕事は辞めた。
「毎日が生き地獄だった。でも、吐くのを前提に食べると、本当に自由な気分になれる。過食の時間を待ちこがれ、そのために生きていた」と振り返る。体が壊れていくのを感じてはいたが「命に代えても太りたくなかった。やせることが人生のすべてだった」と話す。
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食事を拒否することは、不仲な両親に対する無言の抵抗だった。大阪市の女性(34)は高校卒業直前から、食事を拒むようになった。食卓越しに両親の口論が始まると、黙ってはしを置き、自室にこもった。やせ細っていく彼女を、周囲は心配したが「スリムでカッコよくなったのに」と不思議だった。
21歳で看護師に。命に向き合う現場の責任は重く、仕事に不慣れな新人に対する先輩らの風当たりはきつかった。重圧と劣等感に押しつぶされ、疲弊して家に帰ると、両親の怒号が飛び交っている。安息の場はどこにもなかった。はけ口を求めるように、過食が始まった。
仕事帰りに大量に買い込み、家族が寝静まるのを待って、手当たり次第に口に詰め込んだ。食パン4斤、特大弁当2個、スナック菓子4袋、ケーキ、ご飯は櫃(ひつ)ごと……。それでも太るのが怖く、食べ終わると全部吐いた。「消えてしまいたい」。後悔と自己嫌悪でその度、涙が出た。「それでも、つらい日常の中で、過食だけが私を癒やしてくれた。あの時、過食がなければ自殺していたかもしれません」
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長期にわたり心身をむしばむ摂食障害。自分が病んだ時、身近な人が発症した時、どうすればいいのか。摂食障害と向き合う人々を追った。【川久保美紀】=つづく
◇患者数は近年急増–死亡率高く影響深刻
ストレスなど種々の心理的問題が原因となって食行動に異常をきたす摂食障害は、心の病だ。患者数はここ数年で急増している。
厚生労働省研究班が98年にまとめた摂食障害の全国調査によると、80年の患者数推計値は人口10万人当たり1・5-1・8人。それが93年には4・9人、98年には18・5人と約10倍に増加。摂食障害の中でも、過食症の増加は著しく、93年には人口10万人当たり1・2人だったのが、99年には約6-7倍に。受診しない実際の患者数はもっと多いと推定される。10-30代を中心に女性の患者が9割以上を占めるが、男性にも一定の割合でみられる。
低年齢化も進んでいる。国立精神・神経センター精神保健研究所(東京都小平市)の小牧元・心身医学研究部長が02潤オ03年に、全国8府県で全中学高校の養護教諭を対象に実施した調査では「摂食障害の生徒を持った経験がある」と答えた教諭は、中学で62%、高校で87%に上った。小牧部長は「高齢で発症するケースも目立ち、年齢層が広がっている」と話す。
若い女性の「やせたい願望」や過激なダイエットと結びつけられ、軽くとらえられがちな摂食障害。だが、その影響は深刻だ。拒食症患者の死亡率は7%とも言われ、食べ吐き型では長期的な経過調査で死亡率が17-18%に上った報告もある。小牧部長は「思春期にみられる心身疾患の中では死亡率が極めて高い」と警告する。
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◇摂食障害
大きく「拒食症」と「過食症」の二つに分けられる。拒食は食事量が減って極端にやせてしまう症状で、体重増加への恐怖や不安が強い。過食は食事の量や内容をコントロールできず、衝動的に大量の食べ物を食べてしまう。拒食は、食事を拒む「制限型」と、過食後に太らないよう嘔吐したり下剤などを使う「むちゃ食い・排出型」に分けられる。過食も「排出型」と「非排出型」がある。