器質性脳疾患や身体疾患の可能性

~救急医療のニアミスから学ぶ~
筆者の経験した事例を一つ紹介します。精神科救急の当直をしていたとき、一般救急病院の医師から電話がありました。「昼間、救急車で搬送され入院した50代の男性が、夜になって落ち着かず興奮し困っている。会話もちぐはぐで臥床させようとすると激しく対抗する」とのことで、「身体的には異常はなく精神障害と思われる。とりあえずハロペリドールを筋注したが、そちらで診て欲しい」という依頼でした。

しばらくして救急車で転送されてきました。到着時、本人はストレッチャーの上で傾眠状態にあり、すでに興奮することはありませんでした。同伴した妻に様子を聞くと、昼頃酔って転倒し頭を打ったため救急車を呼んだとのことです。精神科の治療歴はありません。ただ、飲酒の問題があったとのことで、アルコールの離脱症状の可能性などが考えられました。

本人を診察すると、問いかけにはわずかに応えるだけで閉眼したまま傾眠状態が続いています。ハロペリドールの筋注だけにしては良く効いているなという印象でした。バイタルサインには問題ありません。

ところが一応理学所見をとるために眼瞼を開いたところでぎょっとしました。顕著な瞳孔不同が見られたのです。半信半疑でしたが、腱反射に左右差があり、バビンスキー反射も強陽性となると、これは頭の中で何か異変が起きているとしか考えられず、すぐに頭部CT検査を依頼しました。すでに夜中の1時を回っています。CT室のモニターに映し出されたのは頭蓋内の大きな白い影と中心線の偏位でした。急性硬膜下血腫のようです。すぐに院内の救命救急センター当直医に電話し、CT写真を見てもらいセンターに入院となりました。

頭蓋内出血を見落とし、精神科で救急入院させたままでしたら、あるいは生命に危険がおよんだかも知れません。ハロペリドールの筋注が良く効いていると疑いもせず、瞳孔不同に気づかなかったらと思うとぞっとします。

精神科救急の実践について話をするとき、必ず強調することは、「一般救急病院からの“身体的異常なし”の紹介を鵜呑みにしてはならない」ということです。筆者自身も何度か冷汗をかかされる思いをしたことがあります。本当に幸いなことに医療事故につながったことはありませんでしたが、ニアミスの怖さは身に染みています。そういったニアミス例のほとんどが、実は一般救急病院から「身体的に問題なく精神症状だ」として転送されてきたケースなのです。多忙を極める一般救急病院の医師は、対応の困難な興奮患者に対して十分に診察できない場合が多いのかも知れません。

精神科救急医療では、誤診が深刻な結果となる危険性が極めて高いのです。どんな場合でも常に器質性脳疾患や身体疾患の可能性を頭の片隅に置き、重篤な身体疾患を見落とさないこと。そしてそのためには、基本的な理学的診察を怠らないことがもっとも重要なポイントとなるのです。
(飛鳥井)