1.シュナイダー先生のお話は、改めて鋭いと思う。
2.遺伝背景、病前性格、状況、ストレス、こういった事項を生物学的言葉に翻訳して、どの程度精密さを維持できるかが問題である。笠原先生は、心理学の大陸があり、一方で生物学の大陸があり、いまは遠く離れているが、両方から接近しつつあるのだといった意味のことを書いている。
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臨床精神医学34(5):581-585,2005
「うつ状態」とその分類
うつ状態の臨床分類と生物学的基盤
大森哲郎
Keywords:depression,classification,heterogeneity
1.はじめに
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この四半世紀にわが国の精神科診断分類は大きく変わった。その中でも,うつ状態の分類は最 も大きく変わった領域の1つである。ドイツ精神医学の流れをくむ従来診断が背景に退き,メ ランコリー親和型性格に注目する発病状況論の台頭を経て,症候論に基づく国際診断分類が日常臨床の中に定着している。臨床分類は病態や病因と対応しているのが望ましいが,精神疾患 ではそれを実現してはいない。それでも疾患の基盤に生物学的異常があるとすれば,診断分類 との関係を考えておくことは大切である。本稿では,診断分類の変遷にそって,それぞれの生物学的基盤に関して大づかみに検討する。細部の異同を捨ててDSM-Ⅲ,DSM-IVおよびICD-10を併せて国際分類と総称し,大うつ病エピソードやうつ病エピソードの表記はうつ病に統一した 。
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2.従来診断における生物学的異常の措定
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従来診断では,うつ状態を内因性と心因性(神経症性)に分ける成因論的観点からの分類が普通であった。内因性うつ病は脳の機能障害を伴う精神疾患であり,心因性(神経症性)うつ病は体 験に伴う心理性格反応とされていた。このような分類規定はドイツ精神医学に基づいている 。最近は伝統的なドイツ精神医学は省みられることが少なくなっているが,筆者が精神科の研修を始めた頃(1981年)は,クルト・シュナイダーの「臨床精神病理学(平井静也,鹿子木敏範訳 )」やヤスパースの精神病理学原論(西丸四方訳)は,入門者の必読書とされていた。
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クルト・シュナイダーによれば,循環病(躁うつ病)は,未知の脳の疾病の心理的表現である。 この疾患は,脳器質疾患に準ずるような身体的な疾患であり,循環病という心理学的事実に対 応する未知の脳内異常事象の存在が措定された。この措定を支持するのは,遺伝傾向の存在, 全身性の身体変化の随伴,身体療法(薬物療法導入前の電気けいれん療法などと思われる)の有効性などである。しかし,それ以上に重視されたのは,循環病の患者では正常な精神生活およびそのバリエーションとは全く類似性を持たない症状までも現れるということ,およびその症状は心理的体験のために生じるのではないという精神病理学的事実である。
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つまり,典型的躁うつ病相は,納得できる心理的きっかけがなくても生じ,症状は程度が強いというだけでなく内容が極端で,日常生活で経験する憂うつや高揚とは明らかに隔絶し,身体面の症状も多く含む。治療には(現在ならば)薬物療法や電気けいれん療法などの生物学的方法 が有効である。こういうことから,典型的躁うつ病相に,脳の疾病を措定している。
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シュナイダーの時代には,脳の異常の正体は全く不明であった。当時から現在までに,神経科学は驚くべき進歩を遂げ,生物学的研究はうつ病の病態に関し膨大な知見を提供している。しかし,その全貌はいまだに明らかではない。現在においても,うつ病に生物学的異常を仮定するうえで,またそれを探求する研究を正当化するうえで,厳密な臨床観察に基づくシュナイダ ーの精神病理学的考察は,その価値を失っていないと思われる。生物学的研究所見の集積から 脳の異常が示唆されたのではなく,緻密な臨床観察から脳の異常が措定されたという歴史的経緯を,臨床医は忘れるべきではない。
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なお,従来診断においても,躁うつ病が何らかの心理的出来事に続発することは知られていた 。しかし,それは誘因ではあっても病因として作用するのではないとされ,心理的次元と生物学的次元は切り離して理解されていた。
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3.生物学的観点からみた性格反応型うつ病
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うつ病の発症に心理的体験が関与しているようにみえる場合は実際には少なくない。日本の下田光造とドイツのテレンバッハは,その意義を積極的に評価し考察した。彼らの考え方が日本の臨床家に広まったのは,1975年に発表された笠原・木村のうつ状態の分類に負うところが 大きい。この分類は,「病前性格一発病状況一病像一治療への反応一経過」をセットとして気分障害を6つに分けたものであるが,特に注目されたのはそのI型である。性格(状況)反応型と名づけられたⅠ型は,病前性格にメランコリー親和型性格ないし執着性格を持つものが,転勤 や昇任,家族成員の移動などの生活状況変化に際して発症し,病像は典型的な内因性うつ病であって,抗うつ薬によく反応し,経過もよくてしばしば単相のうつ病である。この分類は,軽症うつ病を診療する機会の増加した臨床医の支持を集めた。精神病理学的には,性格と状況が典型的な内因性病像を作り出す過程を,心身二元論を超越したところで考察した点に大きな意義があると思われる。
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しかし,この性格は英語圏では注目されなかった。また,日本でも1990年代以降になって行われた実証的研究は,うつ病の病前性格として必ずしもメランコリー親和型が多いわけではないことを示している。ある時期までの日本社会には相当数見られたこの性格が,ここ10数年の間 に急速に少数派に転じたということかもしれない。実際,メランコリー親和型性格の減少は最近も指摘されている。他方,さまざまな生活上の出来事が発病に先駆することがあることはク レペリンやシュナイダーの時代からどの言語圏でも認められている。したがって,性格に重点を置くよりは,生活上の出来事に重点を置く方が,時代と社会を越えて普遍的である。ここで生活上の出来事をストレス体験という角度から見れば,生物学的立場との架け橋ができる。
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早くも山下は1978年に,遺伝素因や身体条件とともに心理社会的要因がうつ病発症に関与する仕組みについて,先見的な仮説を提唱している。当時,うつ病の背景に脳内モノアミン代謝の変化があるらしいことが,いくつかの臨床生化学的研究および抗うつ薬の作用機序研究から推定されていた。一方で,脳内モノアミン代謝には,遺伝的に規定される個体差だけでなく,加 齢などの身体条件や,さまざまな情動刺激が大きな影響を及ぼすことも明らかになりつつあっ た。山下は,抑うつ状態を心理的なうつ症状と表裏一体をなすであろうモノアミン代謝という 平面の上におろすと,内因も身体要因も心理社会的要因もモノアミン代謝の変化を通して抑う つ状態を引き起こす点において,みな共通の性質を持つと考えることができると提唱した。す なわち,心理社会的要因もストレスとして働いてモノアミン代謝の変化を起こし,素因と相乗 的に慟いて抑うつ症状を作り出すのである。このように考えると,心理社会的な要因が一見反 応性にうつ病を引き起こすことがあり,しかもそのときの病像が誘因なしに生じる場合と全く 同じ病像となり,かつ薬物療法によく反応することを無理なく説明することができる。当時, 脳内モノアミン代謝変化に絞り込まれたかに見えたうつ病の病態は,その後の研究からそれよりはるかに複雑で広範に及ぶことが示され,平行してストレスの影響も広範囲の脳機能系に及 ぶことが明らかとなったが,両者の範囲はおおむね重なっている。「脳内モノアミン代謝の変 化」を「脳内モノアミン系を含む機能障害」と読み換えれば,この仮説の骨子は四半世紀後の 現在もそのまま成り立っている。
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うつ病に脳機能障害を仮定する立場からメランコリー親和型性格の意昧づけを逆照射すると, この性格は特定の環境変化が過度のストレスを伴いやすいという点で病態促進的に働くが,同 時に症状の表現様式にも大きな影響を持つ可能性がある。同一の脳内機能変化が生じた場合, 心理行動面に表れる症状は基本的には類似したものとなるが,文化や社会や環境にも規定され るし,微妙な身体条件によっても左右され,とりわけ性格には大きな影響を受けると思われる 。例えば,一定濃度のアルコールが脳内に作用した場合,それは共通の心理行動効果をもたら すとともに,それぞれの体質と性格と環境によって微妙に千差万別の効果をも作り出す。うつ 病の病態は,アルコールのように外因的でも均一でもなく,それよりはるかに複雑である。し かし,脳機能障害が心理社会的要因に修飾されて心理行動症状に表現されるという単純化した 思考モデルを当てはめると,勤勉で几帳面で責任感が強く対人関係を気遣うメランコリー親和 型性格の人に「脳内モノアミン系を含む機能障害」が生じると,抑うつ気分と意欲低下を強く 自覚するだけでなく,仕事量の低下に苛立ち,自責的となって自己処罰的な自殺念慮をつのら せるという推定が成り立つ。うつ病の精神症状が顕著に表に出るのである。逆に,不真面目, ルーズ,無責任で自己本位な人に,同様の「脳内モノアミン系を含む機能障害」が生じた場合 には,症状の中に他罰的言辞,なげやりな態度,短絡的な行動化などが混入して,うつ病症状が 迷彩化される可能性がある。この意味でメランコリー親和型性格は,元来の性格という「地」 から,うつ病症状という「図」をくっきりと浮かび上がらせる構造を持っているように思われ る。
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4.国際分類における生物学的基盤
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周知のように,国際分類は症候論に立った操作的な分類である。気分障害の分類の特徴は,第 一にはいわゆる内因と心因の区別を廃し神経症性うつ病を気分障害へと同化したことであり, 第二には単極と双極という極性へ着目したことにある。しかしながら,ICD-10に述べられてい るように,「気分障害の病因,症状,基盤にある生化学的過程,治療への反応,および転帰との間 の関連はまだ十分わかっていないので,この疾患を誰もが十分納得できるような形で分類する ことはできない」のであり,この分類の妥当性を生物学的観点から論ずることは時期尚早と言 わざるを得ない。ここでは,薬物治療への反応という観点に限定して,若干の整理を試みる。
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4-1.神経症性うつ病の気分障害への同化
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従来診断においては,躁うつ病が脳の機能的疾患であるのに対し,神経症性うつ病は心理性格 環境要因から生じる反応性のものであり,正常心理の延長ともいえるものであった。躁うつ病 には薬物治療を含め身体レベルに作用する治療法が有効であるが,神経症性うつ病には薬物療 法には積極的な意義はなく,環境調節や精神療法が重要であるとされていた。このように古典 的には,対比的に理解されていた神経症性うつ病を気分障害の中に同化したことは,国際診断 の大きな特徴となっている。もちろん,この大胆な転換の背景には多くの研究があるのであり ,神経症性うつ病として発症しても,数年間経過観察すると,内因性うつ病,精神病性うつ病,躁病,軽躁病などのエピソードが高率に出現することを示した経過研究などは,その重要な1つで あろう。
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では,薬物治療への反応からはこの転換は支持されるだろうか。従来診断の神経症性うつ病は ,国際分類では,うつ病エピソードの一部および気分変調症の相当部分に該当する。もし,抗う つ薬に対する反応性が気分変調症においてもうつ病と同等に高ければ,うつ病と共通する脳機 能障害がこの疾患においても示唆され,極端に低ければ気分変調症にはむしろ従来の神経症性 うつ病の名がふさわしく,それを気分障害の中へ分類する妥当性には疑義が生じることになる 。
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うつ病と気分変調症の両者を含む抗うつ薬効果のメタ解析によれば,12週間以内の治療期間において,抑うつ症状の半減した気分変調症は,プラセボ群の37%に対し,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)服用者が大部分を構成する新規抗うつ薬群で59%,三環系抗うつ薬を用いた群でも同じく59%である。うつ病では,数週の試験期間中に抑うつ症状が半減する割合は ,新規抗うつ薬群で51%であり,プラセボ群では32%であった。新規抗うつ薬と三環系抗うつ薬との間の差はない。この手の研究の常として,臨床家の実感と比べると抗うつ薬の効果が小さ くプラセボの効果が大きい印象はある。しかし,新規抗うつ薬にしても三環系抗うつ薬にして も,気分変調症においてもうつ病と同等の効果があるのであり,薬物反応性という観点からみ ると,両疾患は類似性が高い。気分変調症に該当する症例を神経症性とみて成因論的に別種の ものとした従来診断よりも,気分障害の中で並列的に分類した国際分類の方を支持する結果と いえるだろう。
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4-2.極性への着目
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単極型と双極型の区別は国際分類のもう1つの大きな特徴である。そもそも従来診断では単極 性のうつ病はまだその存在が明示されていなかった。前述したシュナイダーの本では循環病 としてしか論じられていない。我国でも,1978年版の諏訪望や1976年版の村上仁らなどの当時 の代表的な教科書においても,躁うつ両病相をとる経過を中心に記載され,単極性うつ病は躁 うつ病のむしろ特殊型という位置づけに読める。単極性と双極性に分けたのは,1950年代後半 以降の,ドイツのLeonhalt,スイスのAngust,スウェーデンのPerris,米国のWinokurらの経過研 究を嚆矢とし,臨床遺伝学的にも支持され,国際分類へ採用されるに至ったのである。気分障 害に関しては,国際分類は症候よりは,むしろ経過に基づく分類であるとさえ言える。
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薬物治療への反応性からは,この極性に基づく分類は支持されるだろうか。リチウムをはじめ とする気分安定薬は,双極性障害の躁うつ両病相の治療と予防に有効であり,単極うつ病の治 療や予防には通常は有効ではない。単極うつ病に有効な抗うつ薬は,双極うつ病(双極性障害 のうつ病相)の治療での有効性には否定的な見解もあり,少なくとも単剤使用は推奨されてい ない。周知のように抗うつ薬の直接作用はモノアミン取り込み阻害であることが確立してお り,気分安定薬はいくつかの細胞内シグナル伝達系が有力候補である。たとえばリチウムでは ,イノシトールモノフォスファターゼ,イノシトール多リン酸モノフォスファターゼ,グリコー ゲンシンターゼキナーゼ3βなどに対する阻害作用が注目されている。単極型と双極型が,こ のように作用点の異なる薬物に反応するということは,両者の生物学的基盤が異なることを推 測させるものであり,極性に基づく分類を支持していると言える。
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おわりに
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従来分類,性格反応型および国際分類という3つのうつ状態の臨床分類と生物学的基盤との関 連について,筆者の理解の及ぶ範囲で私見を交えて通覧した。精神病理学的考察からの生物学 的異常の措定には現在もなお意義があること,および性格反応型においても生物学的立場から の考察が可能であることを述べた。ついで,従来分類と比較した場合の国際分類の特徴を,神 経症性うつ病の同化と極性重視の分類とみて,この2つの特徴を治療薬物への反応性という観 点から評価すれば,国際分類の方が生物学的基盤との整合性があることを述べた。
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しかし,このことは気分障害の国際分類が生物学的基盤に立脚していることを意味しない。薬 物反応性の観点からも,抗うつ薬に反応しないうつ病の存在はうつ病内部における異種性を示 唆しているともいえるし,不安障害や強迫性障害に広がる抗うつ薬の有効性はそれらの疾患と うつ病との境界を曖昧にしているともいえるのである。病態や病因と対応した診断分類の実 現へ向けて,さまざまな立場からの臨床研究の集積がぜひとも必要である。
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文献
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