CBASP 認知行動分析システム精神療法

「行動, 認知を扱った精神療法の流れのなかでは,
行動療法と認知療法を組み合わせた認知行動療法
を第2 の波, そしてCBASP をはじめとする1990
年代後半より台頭してきた手法を第3 の波」
と自らを紹介している。

以下に見るように、
私の立場から見れば、
要するに世界モデルの変容を誘発するための技法を
いくつか組み合わせたものと見える。
“前操作段階” から“操作段階” へと
二分するなど、
割り切りは実に豪快で、
これくらいでなくてはNEJMなどには載らないのだろう。

詳細を見ると精神分析、行動療法、認知療法などの
組み合わせのようであり、
その簡単版なのであるが、
どのように簡単にすればいいか
よく分からなかったところに、
このような簡略版でいいのだと
大胆に示したところに意義がある。

要するに、不適合な世界モデルを修正するまで、
根気よく、技法として意識して、
照合・訂正・修正しようということで、
そのポイントをつかみだして見せたという様子である。

名バッティング・コーチが
ねらい球はストレート!
といったら本当にストレートが来る、
売ったらヒット、
そんな感じで、打率が上がる。
最初から10割は狙わない。

「社会的領域での操作段階への移行の失敗」
と「決めて」くれているわけで、
すごいものだと思う。

*****
慢性うつ病の精神療法CBASP の理論と技法
中野有美 古川壽亮
名古屋市立大学大学院医学研究科精神・詔知・行動医学分野

認知行動分析システム精神療法(cognitive behavioral analysis system of psychotherapy:
CBASP) は, うつ病への治療を皮切りにBeck が開
発した認知療法の流れとは別に, アメリカバージ
ニア州立大学心理学および精神医学教授の
McCullough がその臨床実践のなかで練り上げて
きた慢性うつ病のための治療法である.
行動, 認知を扱った精神療法の流れのなかでは,
行動療法と認知療法を組み合わせた認知行動療法
を第2 の波, そしてCBASP をはじめとする1990
年代後半より台頭してきた手法を第3 の波として
とらえる見方もある.
慢性うつ病はDSM – I , D SM – II ではパーソナ
リティ障害であるととらえられていたという事実
が示すように, 一般に治療抵抗性であるという印
象を免れえない. しかし, 慢性うつ病患者に抗う
つ剤とCBASP を用いた無作為割付け比較試験で
は, その結果, CBASP のみの患者群は抗うつ剤の
みの群と同等の約45 % , 併用群ではそれらをはる
かに上まわる70 % 以上の反応率を示したと報告
しているのである3・4).
本稿ではCBASP が対象とするうつ病の範囲に
ついて確認した後, McCullough が論じる慢性うつ
病の精神病理とCBASP の治療原理について紹介
する.
CBASPが対象としている慢性うつ病とは
DSM – IV にあてはめたとき, CBASP が治療の
対象とする慢性うつ病にはつぎのものが含まれ
る.
① 大うつ病性障害, 慢性
② 気分変調性障害
③ 気分変調性障害が先行した大うつ病性障害
④ 大うつ病性障害, 部分寛解
⑤ 大うつ病性障害, 反復性, エピソードの間
欠期に完全回復を伴わないもの
実証的研究によると, これらの種々の慢性うつ
病の亜型の間には, 人口統計学的にも, 臨床症状
や社会機能の面でも, 治療反応性においても6・7),
心理学的特徴についても8-11)大きな差はない. 基本
的に2 年以上の抑うつが続いているものはすべて
“慢性うつ病” という共通特徴をもっている.

●慢性うつ病の精神病理
慢性うつ病の精神病理を説明するとき,
McCullough は患者を早発性(20 歳までに発症) と
晩発性(2 1 歳以降に発症) の大きく2 つに分けて
いる. McCullough が臨床の場から抽出した慢性う
つ病の精神病理は, Piaget 学派の発達段階理論を
用いて説明されている. すなわち, 慢性うつ病患
者は周囲の社会や人, いわゆる“環境” とのかか
わり方が学童期以前のレベルであるととらえるの
である. これは, 実際の生育環境上の問題のため
に発達がある段階で停止してしまったと考えられ
る早発性の患者を例にとると理解しやすい. そし
て晩発性の慢性うつ病患者については, うつ症状
のきっかけがこのような発達の停止以外のところ
からきているにしても, いったん慢性化したその
ときには早発性の患者と同じ心的特性が現れてい
るという. そして, CBASP では慢性うつ病患者に
共通してみられるこの精神病理に焦点を当てて治
療が展開する.
Piaget 学派では学童期以前の発達段階を“前操
作段階” と名づけている. 発達段階にある子供が
正常に“前操作段階” から“操作段階” へ進むと,
自己中心的で周囲の理論的思考から影響を受けな
い非理論・刹那的な世界のとらえ方から脱中心化
(瞬時の体験からいったん自分を切り離して周囲
とのかかわりのなかで体験をとらえる) が進み, 抽
象的かつ理論的な思考が可能になると説明されて
いる. 子供の発達にみられる正常な移行は社会的
(対人関係的) 領域と非社会的領域(無機物的・数
学など) の両面においてみられる. そして慢性うつ
病の精神病理で観察されるのは, 社会的領域にお
ける操作段階への移行の失敗である.
対人社会面での機能においで操作段階” へ発
達が進んだ子供は, 自己と環境との関係性を理論
的に把握することができるようになり.
① 自分がいま感じているひとつの情動は, 可
能性のあるいくつかの情動のひとつにすぎないと
考えられるため, いまの自分の感じ方がこれから
もずっと続くとは結論しない.
② 目の前の人はさまざまなタイプのうちのひ
とつにカテゴライズできるので, すべての人は同
じようだという結論には達しない.
③ 家族のなかで起こっている人間関係が今後
続いていく一連の人間関係の1 パターンにすぎな
いとみなすことができるため, その人間関係が将
来起こりうるすべての人間関係で再現されるとい
う結論には達しない.
ここで, 対人社会面での発達が“前操作段階”
で停止しているととらえられる慢性うつ病の精神
病理を上記3 点を参考にして考えると, 現時点の
周囲の環境がより平和ですばらしい面をもってい
ようとも, それらとの相互作用や共感は生まれず,
患者はいまの抑うつ気分がこれからもずっと続
き, すべての人は同じようで, うまくいかなかっ
た人間関係がこれからの人間関係すべてで再現さ
れると考える, ということになる.

●CBASPの治療原理
これまでに示してきたように, CBASP では慢性
うつ病を個人×環境=(対人社会) の相互作用, 共感
の欠如という面を重要視してとらえている. また,
患者がこのように環境を因果的・論理的に考えら
れないので, 通常の認知療法的技法を用いて患者
の世界観に反論しても, 治療効果は上がらないと
McCulloug h は考えている.
上述した慢性うっ病特有の精神病理に焦点を当
て, CBASP ではつぎのような2 つの技法を中心に
して治療を進めていく.
1. 状況分析(situational analysis : SA )
SA は前操作的思考の患者に操作的思考を行わ
せるために, 非常に高度に構造化された技法であ
る. SA により慢性うつ病特有の精神病理が患者の
目の前で浮き彫りになる. 治療者は患者が対人関
係を中心とした周囲の環境に対して引き起こした
言動の“結果” に患者の注意を向けさせ, 患者の
言動が周囲の環境と相互作用があると患者が気づ
くことを手助けするのである.
SA は明確化段階(elicitation phase) と修正段階
(remediation phase) に分かれる.
SA を行うために, まず患者は毎回のセッション
の前に図1 に示す“対処行動質問票” を記入して
くるよう求められる. 治療セッションで, この宿
題をもとに上記の2 段階を経て治療者とディス
カッションしていくと, 目の前の環境と自分の間


名前
出来事の日付
対処方法質問票
治療セッションの日付
指示: 先週あなたに起こった、一対人関係上問題になった出来事を一つ選び、下の様式に
従って記述してください. この質問票のすべての項目に記入するようにしてください.
’次の治療セッションでは、治療者といっしょに状況分析しましょう.
状況の領域; 配偶者_ _ , 子供._ , 親戚_ , 仕事や学校_ _ _. , 社交_ _ _
ステッブ1 : 何が起こったか記入してください.
ステッブ2 : 起こったことについてのあなたの解釈を記入してください. その状況をど
うに「読み」ましたか.
ステップ3 : 状況の間, あなたが何をしたか(何を言ったか,どのように言ったか) を記
入してください.
ステップ4 : その出来事があなたにとってどういう結果になったかを記入してください
(現実の結果) .
ステップ5 : その出来事があなたにとってどういう結果になってほしかったかを記入し
てください(期待した結果)
ステッブ6 : 期待した結果は得られましたか. はい_ いいえ_ _ ____
図1 対処方法質問票(the coping survey questionnaire : CSQ ) (文
献1) より翻訳)


には相互作用があることがしだいにわかってくる
仕組みになっている.
明確化段階のステップ1 では, 患者は最近問題
となった対人関係上の出来事を開始点と終了点が
明確になっだ一区切りの時間” として取り上げ,
その間どのように話が展開していったかを記述す
るよう求められる. SA の原則として, SA が終了
するまで患者はこの“一区切りの時間” から外へ
出てはならない. ステップ2 では患者はその時な
にを感じなにを考えたか, 出来事についての患者
の解釈を求められる. 解釈は3 つあるいは4 つま
でとし, それぞれはひとつの文章で簡潔に言い表
されなければならない. ステップ3 ではこの出来
事に際して患者が実際になにをしたか, 患者の行
動の記述を求められる. ステップ4 ではその出来
事の現実の結果(actual outcome : AO) を同定し,
“誰がなにをした”というような, そばにいる人が
みてわかるような行動として, やはり一文で記述
されなくてはならない. ステップ5 では本当はど
うなってほしかったか, 実現可能な範囲で期待し
ていた結果(desired out come : DO) を同定し, ス
テップ6 でAO=DO であったかどうかの判断を
求められる.
治療の初期では, とくに取り上げた状況は通常
A O ≠D O である. この事実を目のあたりにする患
者はSA を行う度に自分の行動の非効率性を繰り
返し認識することになる.
どのように考え行動すればA O = D O となるか
を考えるのが, SA の修正段階である. 修正段階の
ステップ1 では明確化段階のステップ2 であげ
られた解釈をひとつずつ取り上げ, ①それが状況
に根ざしたものであるかどうか, ② それが状況を
正確に記述しているかどうか, ③ その解釈はDO
に貢献するかどうかの観点から検討され, ①~③
のいずれかにあてはまらなければ, より適切な解
釈に修正する. ステップ2 では, 修正された解釈
に基づけばD O を得るにはどのような行動をとら
ねばならなかったか, 行動を修正する. ステップ3
では今回のSA でなにを学んだかを総括し, ス
テップ4 では患者の生活の他の場面にも当てはま
る状況がないかを検討する.
SA は治療者と患者の双方にとって患者の対人
関係面, 認知行動面の診断手段となり, 患者に社
会との関連を気づかせ, どう行動を変容させて
いったらよいかを教えてくれる. これらをもとに
患者が現実の生活のなかで行動を変化させ, 治療
者の助けなしにSA を行い, A O = D O となった状
況を報告してくれるようになることがSA の最終
目標である.

2. 対人弁別訓練(interpersonal discrimination
exercise : IDE )
CBASP に特徴的な第2 の技法であるI D E は,
慢性うつ病患者が患者の人生にとって重要な人物
との間で経験した苦痛を伴う過去の体験を治療関
係において治療者に転移してくるので, それを治
療に利用したものである. 患者を誤って扱ってき
たであろう重要他者の行動と治療者の促進的な行
動とを明示的に比較・弁別させるものである.
第2 回セッションでは重要他者歴(significant
other history ) を聴取し, IDE の下準備をする. 6,
7 人の, 患者の人となりを決定づけたような重要
人物について患者に語ってもらい, 各人が患者の
人生に与えた影響を「もし……ならば, …… とな
る」という因果論的なとらえ方で文章に表しても
らい(因果論的結論) , それらをもとに治療者は治
療中の患者との転移関係を予測しておく(転移仮
説の構築) . わかりやすい例を1 つあげる.
① 母親…… 「大酒飲みで嘘つきで, 母はいつ
も私が悪かったような感じを私に抱かせました.
飲んでいないと母が言うときは, 母は嘘をついて
いると私はいつも感じました. 私は母親の面倒を
みなければなりませんでした. 母は気持ちの面で
返してくれることはけっしてありませんでした.
してあげるぱかりなのです. 母は私に母を愛して
いると言わせました. 本当は愛してなんかいませ
んでした. 母に対して本当の気持ちを正直に言う
ことは一度もできませんでした. 正直になろうと
すると, 決まって母は怒り, 私は間違っていると
か私が馬鹿なのだと言いました」
② 母親に関する因果論的結論…… 「いま, だ
れかと一緒にいても人は私の本心は絶対にわかり
ません. 自分が正直になろうとすれば, 馬鹿げて
いると罵倒され傷ついて終わるのです. 私はどう
やって自分の望むことや私のしたいことを他の人
に理解して受け入れてもらうことができるのかが
わからないのです. その人との間で物事がうまく
行くように, 私が舵をとらなくてはならないので
す. なぜかわからないけれど, 他の人の面倒をみ
なくてはならないと感じるのです」
③ 母親像をもとに構築された転移仮説……
「もし, 私が先生に本当に正直に接して, 私がどう
感じているか, あるいは私が本当はどう考えてい
るかを伝えたならば, 先生は私の言うことを馬鹿
にするに違いない(つまり私は馬鹿で, まちがって
いて大げさで, 悪い人間だと私に感じさせる) 」
実際には全重要他者の因果論的結論を総合し
て2~ 3 個の転移仮説を導き, 毎回のセッションを
通じて取り扱うことになる. セッション中, 治療
者個人との対人関係のなかで, これらの転移仮説
が活性化される“ホットスポット”がかならず何
度か訪れるので. 治療者はその機会を逃さず, た
とえばつぎのようなやり取りでI D E に取り組む
ようにする.
「今回のように自分の気持ちをお母さんに告げ
たら, お母さんはどのように反応したと思います
か」
「では, つぎに私の反応に注目してください. あ
なたが自分の気持ちを正直に言ったとき, 私はど
のように反応しましたか. お母さんの反応と私の
反応とどこが違いますか」
「あなたが自分の気持ちを言ったとき, これまで
の経験から得たものは馬鹿で間違っていて悪い人
であるという感情でした. しかし, いま, あなた
が私との間で経験したことは馬鹿にされたと言う
ものではなく, あなたが抱えている問題を解決し
援助するために自分の話を聴いてもらった, とい
うものです. 自分の気持ちを話すことについて,
いま, どのようなことを学びましたか」
このように重要他者の反応と, 治療者の肯定的
な反応との区別を学ぶことにより, 例に示した患
者には安堵感が生まれ, つぎに同じような状況を
迎えたときには以前に比べて楽な状態で自分の気
持ちを正直に話すことができるようになる(行動
変容) であろう.

● おわりに
なぜ, 慢性うつ病患者では環境との相互作用が
前操作期で止まっているのか. それには患者が歩
んできた人生があまりにも過酷で患者の手に負え
ないものであったことからくる恐怖感や余裕のな
さ, あきらめなどが関係しているかもしれない.
しかし, たとえそうであったとしても, 患者はも
う一度勇気をもって自分の足で立ち, いま, 目の
前に広がっている環境と向き合い, かかわりをは
じめることが慢性うつ病の罠から抜け出す最善の
策であるとMcCullough は述べている. 患者が
CBASP に助けられながら現実の安全な環境と向
き合い, これまでの患者の世界観からは予想でき
なかった安堵感を目の前の世界に実感できれば,
患者の行動は徐々に, しかし, しなやかに変容し
ていくであろう.

文献
2) McCllough, J. P (古川壽亮・他監訳) : 慢性うつ病
の精神療法. 医学書院, 2005, pp.1-334.
4 0 2 – 4 0 7 , 1994 .