成田善弘「精神療法的かかわり」

平成19年1月16日香川県地域精神保健福祉研修会
における講演記録。

平成19年1月16日、「精神療法的かかわり」をテーマに、香川県地域精神保健福祉研修会が開催されました。昨年に引き続き、精神科医の成田善弘先生をお迎えし、面接の基本的な姿勢や対応について、具体的な例も交えてご講義いただきました。講義の中で語られた面接におけるクライアント(以下CLと略する)との関わりを、1 出会い、2 面接を始める、3 聴く、4 介入する、5 面接を終結するという順に従い、簡単にご紹介したいと思います。

1 出会い
 まず初めに、CLと治療者(以下THと略する)は、CLの現状を変え、よりよい未来を作るために出会うという目的を共有することが重要です。その目的のためにTHはCLと会っているのだという職業的役割関係を明確にすることが、初回面接において不可欠です。また、THの属性や外見がCLにどのように体験されるかに留意し、その上でTHがCLに関心を持っている、理解したいと思っている、という気持ちを伝えます。

2 面接を始める
 面接では、「何に困っているのか」という主訴を明確にすることが大切です。主訴が明確でない場合には、まず主訴を明確にしていくことを目標にします。そして、主訴を解消するためにCLはTHと会っているという点を、つまり「面接」はあくまでも目的のための手段であることを明らかにしておきます。
 次に、治療歴について尋ねます。今までどのような治療を受けてきたか、それをどう評価したかをCLに尋ねます。前THとの間で起こった感情的問題、例えば、CLがTHを好きになってしまうことなどは、次のTHとの間でも起きる可能性が高いと自覚した方がよいでしょう。同時に、主訴に対してCL自身はどのように対処してきたかということも尋ねます。それは、答えそのもののみならずCL自身に問題を解決する能力があるとTHが想定していることを伝えるという点でも重要です。
 面接のなかで、THはCLについて見立てを行います。自分一人で対応できるケースか、自殺、虐待など生命が危ぶまれ、他の援助を必要とする緊急のケースかを見極め、必要に応じてCLの状態をマネジメントし、他の社会資源を紹介します。その場合に備えて、事前にさまざまな社会資源とのつながりを持っておくことが有効です。
 それから、THは見立てについてCLに伝えます。精神療法に入る前に、平易な言葉で、CLの問題をどのように理解したかを話し、CLの反応をみます。見立てを行うなかで、問題が解決できそうかどうか、面接をやっていくことができるかなど、精神療法の難易度についても判断します。難しいケースとはCLと職業的役割関係を結ぶことが出来ないケースです。言い換えれば、問題に対してCLが一緒に解決していこうという気持ちがない場合が、最も難しいと言えるでしょう。
 次に、どういうふうにCLと会っていくかについてですが、まず治療構造をはっきりとさせておくことが不可欠です。面接の頻度、時間、料金などについて、あらかじめ説明をしておきます。そのことが、THの仕事や日常生活を守り、CLにとっては、決まった時間、決まった場所にTHがいるという安心感を与えることになるのです。また、病理の重い人は生活のリズムが崩れている場合が多いので、治療によって生活に規則性が取り戻される場合もあります。探索的な精神療法の場合、面接時間は日常生活では表出できない気持ちを表すことができる空間でなければなりません。つまり治療構造を設定することは、CLの内的世界の開示を許容する時間と空間を設定するということなのです。必要な場合には、構造を変更します。その場合、CLの反応、行動変化を観察し、そのことについてコメントします。そして、CLに対してもCL自身の変化についての考えを聴きます。構造の変更はCLに大きな影響を与えるものです。

3 聴く
 「聴く」ことについて、まず、CLがどんな調子で喋っているか、話し方、態度などをみます。話の内容と話す調子が同調しているかどうかをみることも重要です。なぜなら、言葉には表さない態度の方が、CLの本心に近いからです。CLがスムーズに話を始める時はよいですが、時にはCLに語ることを促すこともあります。CLが具体的な行動について語るときには、「そのときどう感じましたか」など気持ちを尋ね、気持ちについて語るときには「そのときどうしましたか?」などと行動について尋ねます。CLの連想を語ることができるよう促していくのです。
 さらに、語る内容だけでなく、その外枠にも注目し介入します。たとえば、「~と思ってしまうんです。」と答えると、「~と思ってしまうというと?」と、CLが話の外枠に込めようとしていることにも注意を向けます。CLの一見関連のない話題の中にある共通する感情、関係様式に注目します。
 また、CLが話さない、協力しないと感じられるときは、その理由を尋ねます。そして、他者に自己を開くことへの不安、弱みを握られることへの不安というCLの気持ちを受け止め、それはもっともなことであると伝えます。
 CLの話を聴いていくなかで、CLが自分の問題についての仮説を浮かび上がらせるように、面接を進めていきます。そして、最後にTHの理解とつき合わせて、何がどうなってこうなっているかというCLのストーリーを描き出すわけです。

4 介入する
 THの介入は、CLへ大きな影響を与えます。そのことに、特に初心の人ほど気付いていないような気がします。スーパーバイザーとして、初心のTHの面接をみる折には、THがしゃべり過ぎたり、相づちを多く打っていることに驚くことがあります。相づちは、「うん」「はぁ」「なるほど」、単なるうなづきなど、控えめに行うようにします。
 CLが変わっていくためには、Validation(=是認、認証)が必要です。問題と思えるCLの行動でも、それはCLの対処努力であることがあります。例えば、「不登校のCLが学校へ行くためには、行かないという行動がもっともだ」という文脈を発見していかなければ、変わっていくことができないのです。また、CL自身が達成と評価していないところにも達成を見出して評価し共に喜ぶことで、CLも自己を肯定することができるのです。
 また、CLが語るなかで、分からない点や矛盾点、不思議な点は、CLの連想に出発した介入を行います。素朴に、本当に分からないという風に質問します。その際には、THがCLを肯定的に評価し、CLを自立できる存在であると考えていることが伝わっていることが不可欠です。
 そして、CLの語るストーリーを揺さぶります。CLの使う、決まり文句や文言に説明を求めたり、抽象的、一般的な言葉を具体的に言い換えてもらいます。そこで、何がどうなってこうなっていたのかについてCLとTHが合意でき
るストーリーを作り上げていくのです。そこから、変化への可能性を探っていきます。

5 面接を終結する
 THとCLは、職業的役割関係において会っているので、主訴が解消すれば、面接は終結します。CLに感謝されることが理想ですが、なかなかそうはいきません。感謝するということは、CLがTHのことを等身大の人間としてみることができるようになるということです。そして、CLが再び調子を崩しても抵抗なく再受診しやすいような文脈を作って、終了します。

 以上のような面接技術は、明日からやろうと思ってやれるものではなく、自分の体を通り抜けて自然と身につくものであると成田先生はおっしゃいました。理想的な精神療法的かかわりとは、まさに一朝一夕に築き上げられるものではなく、日々の研鑽と絶え間なく自己を振り返ることで、身に付けられるものであると痛感しました。
 最後に、成田先生があげられた参考図書を2冊ご紹介します。
(1)神田橋條治著「対話精神療法の初心者への手引き」花クリニック神田橋研究会
(2)成田善弘著「精神療法家の仕事」金剛出版
です。更に学ばれたい方は、ご一読ください。