Q.ただ薬を飲んでいても、一時しのぎだと思うと、空しくなります。
A.体質改善しましょう。
1.薬には二種類あります。
(1)かぜを引いたら、かぜ薬、熱が出たら解熱剤、頭痛があったら鎮痛剤、便秘をしたら下剤、これらは全部一時的なものです。自転車の補助輪のようなもの。ずっと続けるわけにはいきません。
(2)漢方薬は体質を改善するために飲みます。漢方薬を使って明日から世界が明るくなるわけではありませんが、長期的に展望を持つことができます。
2.悩みにも二種類あります。
(1)一時的なもの。一過性のもの。
寒くなってかぜをひく、これは一時的なことで、当たり前なことです。かぜ薬を飲んで、または、休養をとって、治しましょう。
(2)持続的なもの。
一年中かぜをひきやすい、これは持続性慢性的なことで、体質を改善できないか、考えましょう。
3.慢性の悩みへの対処の仕方。
あなたの悩みが一時的なものであれば、一時的な対処でいいわけです。慢性的なものであれば、体質改善をしましょう。
慢性的なものなのに、一時しのぎのお薬を飲んでいるだけではだめだろうというのが、質問の趣旨ですね。
そのとおりです。
慢性の頭痛に、一年中タイレノールを飲んでいるのは、よくないかもしれません。
慢性の悩みの対処にはこんなものがあります。
(1)環境調整。
いわゆる適応障害と言われるようなものですが、まず環境を調整できるか、考えましょう。
体質に合った環境を設定できるかどうか、とても大切なことです。
たとえばアレルギーならば、まず環境調整です。
(2)考え方、感じ方の調整。
これは認知療法といわれるようなものが典型です。
考えた方、受け取り方、性格傾向、人生観、世界観、このような方面から、改善できないか、考えてみます。
他の人たちはどんなふうにして、困難を克服しているか、参考にしてみるのはどうでしょうか。
慢性のうつにはまず認知療法です。
(3)生活習慣の改善。
知らずに身についている習慣というものが誰にもあります。あるいは親から受け継ぎ、あるいは環境から受け継いだ習慣です。
新婚さんが暮らし始めて痛感するのも、生活習慣の違いです。外国暮らしではじめに驚くのも、生活習慣です。
食事、睡眠、性行動、仕事、宗教、これらの習慣を見直してみることで、困難を克服できることがあります。
高血圧や肥満が代表的ですが、まず食生活の改善が考えられます。
ストレス対処の方法も多くは習慣の領域です。
(4)よい相談相手。
これは大切。誰でもが人生の達人というわけにはいきません。
自分の背中にほくろがあるかどうか、知っている人はいますか?他人になら問題なく見えるものが、自分にだけは見えない、そんなことがあるものです。
(5)時間。
どんな問題も、時間が解決してくれることがあるものです。もう少し待てないか、考えてみませんか?思春期の悩みはこの領域が多いですね。
(6)気晴らし。
意外に大切です。気晴らしの引き出しを多く持っている人は、強いものです。歌を歌ったり、おしゃべりをしたり、庭の草をむしったり、単純なことでいいのです。
(7)薬。
いろいろあげてきました。一番最後は薬です。
口から入れて消化吸収するのもなので、広い意味で、食事と同じです。
寒いときに鍋を囲んだりするのと基本は同じです。しょうがやにんにくを食べれば温かくなります。
一時的な悩みなら、一時的な薬。受験前の緊張・不眠なら、一時的な薬でいいですね。時差ぼけも一時的な薬でいいわけです。
慢性的な悩みならば、体質を改善する薬を使いましょう。
薬で体質を改善できるのかといえば、一部分はできます。
4.薬が体質を改善するメカニズム
(1)体調を良好に維持する。水面をあげる。
フランスの世界遺産、モン・サン=ミシェルは、満潮なら、橋が水没して、渡れない。干潮なら、橋が現れて、渡ることができる。
あなたの悩みは、橋だとしてみよう。体調が海面だとして、海面を高く保てば、悩みは水没するのだ。今ある対人関係の悩み、仕事の悩み、家族の悩み、過去についての後悔、将来についての不安、それらは、全般的な体調を良好に保っていれば、自然に水面下に沈むのではないか。
悩みを消滅させるのではなく、水没させる。そのために、薬で体調を良好に維持する。そのような子とが可能である。
(2)抗うつ剤が体質改善をするメカニズム
もう少し直接的に、抗うつ剤について説明する。
SSRIはシナプス部分のセロトニンを増やすことで、抗うつ作用を発揮する。しかしそれだけではない。もしそれだけだったら、かぜのときに飲むかぜ薬と同じで、うつが治ったからとSSRIを中止したら、セロトニンが減少して、うつに戻ってしまう。一時的な薬でしかない。
ヒントは、SSRIが効いて来るには、一週間から二週間の時間がかかり、効果を見届けるには、6週間かかるといわれていることだ。セロと何を増やすだけなら、もっとはやく決着はついているのである。
セロトニンにはレセプターが二種類あり、シナプス前とシナプス後にある。シナプス前レセプターは、絵ではセロトニン・トランスポーターと表記されている。シナプスに放出されたセロトニンは、次の細胞に存在して、セロトニンを待っている、シナプス後レセプターにくっつく。するとそこから電気信号になって、神経信号が伝えられる。
また、シナプス間隙にあるセロトニンは、放出したその細胞に回収されて再利用される。その取り込み口が、シナプス前レセプターである。ここにセロトニンが回収されると、細胞内部に取り込まれて、次の放出に備えて貯蔵される。
レセプターにはダウンレギュレーション、アップレギュレーション、脱感作などがある。
シナプスにセロトニンがいっぱいあるとき、もうこんなにセロトニンがたくさんあるのだから、レセプターは少なくても、充分に信号は伝わるということで、レセプターは減少する。つまり、ダウンレギュレーションが起こる。
逆に、シナプス間隙にセロトニンが足りないとき、レセプターは、数少ないセロトニンを確実につかまえるため、レセプターの数を増やす。それがアップレギュレーションである。
SSRIによりセロトニンが増加すると、シナプス前レセプターが、「もうこんなにたくさんあるのだから、セロトニンあまりたくさん出さなくてもいい」と指令を出す。しかし、SSRIを飲んでいると、シナプス前レセプターの命令によりセロトニンが減少する以上に、セロトニンが増える。そこで、シナプス前レセプターは、脱感作して、セロトニンが多い状態に慣れ
てしまうようになる。
これらを前提にして、うつの体質改善を説明すると、まず、もともとの体質として、シナプス後レセプターが多くなっているのだろう。それはセロトニンが少ないことの結果でもあり、原因でもある。セロトニンが少なければ、アップレギュレーションでレセプターは多くなり、レセプターが多くなっていれば、セロトニンは少なくても、用が足りるのだ。ここでストレスによりセロトニンがさらに少なくなると、普段から少ないものがなおさら少なくなる。100のものが90になるのと、15のものが5になるのとでは、決定的に違う。この時点で、うつ病であると感じてお医者さんに行き、治療が始まる。SSRIを飲めば、セロトニンは増えて、結果として、ダウンレギュレーションが始まり、多くなっていたシナプス後レセプターが減少する。
シナプス後レセプターが減少することはまさしく体質改善であって、これに2から6週間、さらには3ヶ月程度かかることになる。セロトニンはすぐに増えるが、レセプターの増減には時間がかかる。
3ヶ月はみじかくないが、しかし、生まれたときから持っていたうつ傾向という体質が、レセプターレベルの問題で、改善するのなら、トライしてみる価値はあるだろう。
躁うつ病についても一言。もともとがうつ体質で、シナプス後レセプターが少なくなっている人で、何かの加減で急にセロトニンが多くなってしまった場合を考えてほしい。恋愛したとか、オーディションに合格したとか。レセプターの数が増えて敏感になっているところに、たくさんのセロトニンが来るのだから、躁になってしまうのだ。
躁の問題に関しても、シナプス後レセプターの数を正常化することで安定化することができるだろう。
以上は単純なたとえ話の域を出ないものであるが、しかし、薬による体質改善が、レセプターの制御という観点を通してみれば可能なのだと理解していただけれるのではないかと思うのである。
うつ素因のある患者は、シナプス後レセプターが増加している様子が描かれている。4こ→6こ。
この増大した分を減らして、正常数に戻してやることが、体質改善である。
それがSSRIには可能である。可能であるように、SSRIを使えばよいのだ。