妊婦さんも何人もいるのだが、
産科の先生が薬剤に対して非常に保守的であり、
当然患者さん自身も恐怖を感じ、
うまくコントロールできない場合も少なくない。
しかし一方、妊娠でホルモン環境、精神的環境が変化するためか、
安定化する人も少なくない。
救急車でたらいまわしされる世の中だから、
一層、出産と育児は不安だと思う。
夫立会い分娩の効果、
カンガルーケア、
タッチケア
育児不安
などについて、民間産科病院のスタッフが2001に書いたものがあるので
紹介。
*****
マタニティブルーとその対策
郷久、佐野、和田、高野、坂内、南部
マタニティブルーは、産後2~4日に一過性にみられる生理的なもの
で、産褥うつ状態や産褥精神病は、産後1ヵ月以内に出現する病的なも
のとされている。マタニティブルーの対策として、夫立ち会い分娩、カ
ンガルーケア、タッチケアを紹介し、育児不安の対策として、心理療法
の一つである交流分析、精神分裂病の育児に対する家族の応援と医療チー
ムワークの大切さを述べた。また産褥精神病に対して、薬物療法の例、
心身医学的治療を行った84症例の分析を行い、著者らが行っている産婦
人科医、小児科医、心腹内科医、精神科医との連携および臨床心理士、
助産婦、保健婦、家族などか協力する母子ユニット的な診療の重要性に
ついて述べた。
キーワード マタニティプルー、タッチケア、育児不安、心身医学的診療、母子ユニット
●産褥精神病とマタニティブルー
褥婦における産褥精神病の発病頻度は、産婦人
科からみると非常に稀なものであり、言葉が有名
になっているにもかかわらず、あまりお目にかか
らないという印象を持つ。しかし生理的な気分の
変調は注意して観察すればよくみかけるものであ
る。涙もろくなる、物忘れが多い、感情の抑制が
きかない、注意力散漫、ふさぎ込む、眠れないな
どメランコリーの感情を中心とし不安や困惑が伴っ
ているのが特徴である。マタニティブルーは、産
後2~4日に一過性にみられる生理的なもので、
産街うつ状態や産褥精神病は、産後1ヵ月以内に
出現する病的なものとされている。
●マタニティブルーと夫立ち会い分娩
夫立ち会い分娩では、血中カテコールフミンの
アドレナリン値が有意に低く、産褥の疲労感や注
意集中の困難やうつ尺度も有意に低く、マタニティ
ブルーになりにくい。
初産婦19症例のうち、夫立ち会い群6例と非立
ち会い群13例における血中カテコールアミンの変
化について検討した。その結果、ノルアドレナリ
ンは有意差は認めなかったが、アドレナリンは夫
立ち会い群の方が明らかな低値を示した(図1)。
夫立ち会い分娩をした14例としなかった107例を
比較すると、「注意集中の困難」では産褥2日目か
ら4日目に(図2)、YGうつ尺度では産褥2日目
から5日目に(図3)有意に前者が低かった。
マタニティブルーは、日内リズムとの関係もあ
り育児に向かって生理的な現象である。しかし、
医学的に研究調査が不十分で一般の人にはその存
在も知られていない。昔から誕生は家族全員で協
力し合って自宅で行っていたのに、今はほとんど
が病院で孤独で行っている。
●カンガルーケア
最近日本のNICUで採用され、急速な勢いで
定着しつつあるカンガルーケアとは、2000g以
下の子、ときには1000g以下の超低出生体重児
をお母さんの素肌・腹部に裸のまま触れさせ、あ
たかもまだ胎内で育てているような雰囲気を味わ
わせながら、赤ちゃんの求めに応じて直接授乳さ
せるものである。触れ合うこと、抱き合うこと、
話し掛けること、授乳することによって互いの体
温は生理的に交流し合い、それが心理的交流にも
直結するきわめて効果的な接触であることも実証
され、その後の子育てにも良好に作用する。
●タッチケア
タッチケアとは、1977年スウェーデンのdeChateau
らによって報告されたextra early nude contact
の研究に端を発しており、新生児の意識
状態に合わせた、生理感覚的統合をすすめること
のすべてが、タッチケアの基本理念である。
その7つのポイントは、①横抱きでそい寝、②
おむつをゆっくり取り替え、胸腹部のマッサージ
(1分間)、③引き起こし遊びを泣くまで、④抱い
て、目を見て、優しく語り合う、⑤うつ伏せ遊び
を両手をつないで、⑥泣いたら丸く抱えて抱き背
中を軽くたたく、⑦それでも啼泣が続けば授乳を
すすめる、というものである。どの状態で何を求
めているか不明のことが多く、特に泣く子との対
応に苦慮することもしばしばであるが、この順序
を優しく、ゆっくり、いっしょに実践することが
産褥スタッフの大きな役割となることは必定であ
る。タッチケアは新生児のみに必要なことではな
く、ヒト一生の問題、つらいときには優しく触れ、
さすり、軽くたたかれること、手と手をつないで
喜びを膨らまし、辛さを和らげることである。
●育児不安
育児ができない夫婦が増え、みんなで育児の仕
方を再教育しなければならない症例が増えている。
交流分析を応用した症例1の褥婦は各種心理テス
トは異常なく、また分娩や産褥経過も正常だが、
厳格な父母にしつけられて育った。育児に関して
“母性愛”の欠如を強く訴え面接治療を行い、CP
(批判的な親)が大きすぎることを洞察させた例で
夫に大きなA(大人)で判断するように指導。症例
2は、末っ子でC(子供)が大きく、生活面では夫
のAやPを頼っており俗にいう「子供が子供を育
てる」タイプに属すると考えられた。産褥に回
診をし、「おめでとう」といっても、あまりうれし
そうな顔をしない産婦をみたときに愛想が悪いな
どと思わずに、マタェティー・ブルーの感情を共
感するような言葉をかけてあげるべきである。ス
タッフや家族の暖かい雰囲気につつまれて、短期
間で改善するこの気分の変調を最小限にとどめる
べきであろう。
精神分裂病を合併した妊婦の場合、直接的な育
児を、いったい誰がするのか?が重要な問題であ
る。児を危険から守り、育んでいく人格形成上、
大きな役割を持つ母親。その役割を期待できない
としたら、その問題をいかに対処していくか、5
症例を紹介する。5例中3例では援助者が存在
していたので退院後の生活、児の発育はスムーズ
であった。しかし、他の2例は夫のみならず家族
の協力もスムーズではなかった。そのため児の発
育、発達は悪かった(表1)。われわれは妊娠中よ
り、家族とのコミュニケーションを取りながら、
特に夫、実母、姑などの協力体制がとれるよう努
力しなければならない。つぎに、本人、夫へ母性、
父性がもてるような指導が重要であり、われわれ
自身が分裂病に対する充分な知識をもち、疾病の
増悪、再発予防に向けていくことが重要であるが、
精神科医と産科医、小児科医、助産婦、保健婦な
どの医療スタッフ間の協力体制をとることが、分
裂病に限らず、育児不安すべてに必要である。
●薬物療法
マタニティブルーや産褥精神病の定義や両者の
区別は諸家により異なり明らかにされてはいない。
しかし、マタニティブルーが生理的範囲を越える
場合には心理療法のほかに、個々の症例に合わせ
た薬物療法も必要になってくる。
症例3(32歳、産褥うつ病)は、10ヵ月前に個人
病院で正常分娩したが、その後発汗、倦怠感、食
欲不振、不眠、動悸、暑寒の感覚がはっきりしな
いという。内科を受診し、免疫機能が弱っている
ので治療中という。児は生後14日に肺炎の疑いで
9日間入院、生後3ヵ月で敗血症の疑いで1ヵ月
入院、生後6ヵ月より下痢が時々みられ、感染症
の疑いで2週間前より入院しているという。母乳
は出ず、ミルクで育てている。実母とー緒に来院、
母の話しでは子供のことで神経過敏になっている
という。人がまるで変わってしまった。うつ状態
が強くて話をしなくなった、電話もかけられなく
なったという。抗うつ剤(Amitriptyline30mg)
とマイナートミランキライザー(Lorazepam2mg)
を投与、子供は実母にみてもらうことにしたとこ
ろ、眠れるようになり安心したという。
症例4(37歳、産褥神経症)は、当院で分娩した
高年初産婦、微弱陣痛で吸引分娩となったが会陰
部の裂傷が大きく、出血(1000ml)し貧血症になっ
た。しかし、輸血せずに改善して14日目に母児と
も退院する。退院しても育児ができない。母乳は
含ませてもあまり出ない。身体の芯が熱っぽい、
不眠強く全身倦怠感があり食欲もない。声も大き
な声を出すことができない。横になってばかりい
る。横になっても息苦しい。赤ちゃんの世話が精
一杯で家事ができない。育児の自信がないので子
供は埼玉の妹夫婦にあずけようと思っているが、
夫は猛反対している。母乳はでないので、ミルク
にすることにしてP-Diazepam10mg、健胃酸2g 3xn/日、
Lorazepam0.5mg2錠就眠前、Sulpiride150mg3xn/日を
処方し、分娩後から自
分の身体や育児にあまりにも神経を使いすぎ、不
眠が続いたため神経衰弱になっているようだから、
あれこれ考えないでよく眠るように話す。妹や母
が手伝いに来てくれ、家庭訪問をしていた地域の
保健婦からみても、とても育児などできないと思っ
ていたのが、積極的にやるようになり非常に良く
なったという。
このようにマタニティプルーが生理的範囲を越
えた場合にはうつ病、神経症、心身症など的確な
診断のもとに心理療法と薬物療法が必要である。
しかし、うつ病が改善しない場合や分裂病型を示
す産褥精神病は速やかに精神科にその治療を依頼
すべきである。産褥は授乳中のことが多く、大量
に服用する場合には勿論、小量でも長期間投与し
なければならない場合が多いので注意が必要であ
る。母乳移行は薬剤によっても異なるが、個人差
もあるので正確には一人一人、薬剤別に乳汁の濃
度と児の血中濃度を定期的に測定する必要がある。
しかし大量、長期でなければ注意して投与すれば、
多くの薬剤が使用可能である。
●産褥うつ状態、産褥精神病
本来、生理的なものであるマタニティブルーと
いう言葉が有名になるにしたがってうつ状態や産
祷精神病のような病的なものまで含んで言うよう
になってきている。ここでは著者が扱った後者の
症例、84例を分析する。
対象は1995~2000年10月まで当院で治療した42
例と、1976~1993年まで札幌医科大学産婦人科心
身症専門外来で治療した42例である。著者が面接
や治療経過から行っている心身医学的診断による
病型分類では、うつ病型が44例(52.4%)、神経症
型が32例(38.0%)、心身症型が5例(6.0%)、身体
病型が3例(3.6%)であった(表2)。DSM-IV分類
で診断してもほぼ同様で、気分障害50.0%、身体
表現性障害14.3%、パニック障害14.3%、転換障
害9.5%、不安障害9.5%、適応障害2.4%であり
(表3)、気分障害(うつ病型)が半数以上を占めた。
職業率は、専業主婦が71例(84.5%)で、職業婦人
が12例(14.3%)、独身(single mother)が1例(1.2
%)と、専業主婦が多かった。紹介例が48例(57.2
%)であり、紹介先は産婦入科個人病院からが11
例(13.1%)、大学病院産婦人科からが9例(10.6
%)、保健婦から8例(9.5%)、総合病院産婦人科
4例(4.8%)、大学病院内科・小児科3例(3.6%)
であったが、心療内科、精神科はそれぞれ4例
(4.8%)、2例(2.4%)と少なかった。一方、マタ
ニティプルーの新聞・雑誌・友人からが7例(8.4
%)、不明・その他が27例(32.1%)であった(表4)。
母乳率は、母乳栄養単独が47.6%、混合栄養が9.5
%、母乳→人工栄養が11.9%、人工栄養が14.3%、
不明が16.7%で、母乳率は69.0%と予想より高かっ
た(表5)。治療予後は、良好56例(66.7%)、不変
・悪化7例(8.3%)、不明21例(25.0%)という結
果で、心身症関連疾患全体の予後良好(80%)と比
較して悪かった。
以上から言えることは、マタニティブルーと産
梅精神病は、区別すべきであるが、保健婦の困惑
をみても、適当な施設(母子診療ユニット)のな
い日本ではどこかで(逆にどこでも)診なくてはい
けない。主婦が多く、母乳栄養で頑張っている患
者が多いが、予後はそう良いとは限らず、気分障
害(うつ病)の診断・治療も重要で、小児科医、心
療内科医、精神科医との連携が不足している。臨
床心理士、助産婦、保健婦などのコメディカルス
タッフとの連携も必須である。
文献
1)V.パート、V.ヘンドリック:女性のためのメンタルヘルスケア
島悟、長谷川恵美子訳、pp58-70、
日本評論社、東京、1999。
2)郷久鍼二:シンポジウムーどう考える、産後の疲労-。
エモーショナルサポート、産科医より。pp124一130、
日本母乳の会、東京、2000。
3)郷久誠二:睡眠障害、心理、精神の障害に伴う症状、
女性の症候学。新女性医学大系4。pp357-367、中山
書店、東京、1998。
4)南部春生:カンガルーケア、小児科医の子育てカルテー
40年間の診療現場からー。pp67-68、北海道新聞社、
札幌、1999。
5)南部春生:母乳育児の生活リズム、もっと知りたい母
乳育児-その原点と最新のトピック。橋本武夫監修、
NeonatalCare13(12)、秋期増刊号、メディカ出版
1110-1117、2000
6)南部春生:タッチケア、私の実践一親と子の楽しい触
れ合い、7つのポイントー。小児保健研究56(2):196-201、2000
7)南部春生:育児相談における心の健康への配慮一寛大
な心で、優しい対応を一特集一子どもの心を育む。日
本医師会雑誌123(9):1429-1434、2000。
8)郷久誠二、佐野敬夫、和田生穂:パネル家族の機能
と心身医学一内分泌の変化、マタニティブルー、育児
不安、更年期障害。日本心療内科学会誌4(1):27-
31、2000。
9)郷久誠二:女性の心身医学。郷久誠二編、pp288-311、東京、南山堂、1994。
10)岡野禎治:地域における母子精神保健サービス。産科と婦人科5:642-648、2000。